「弊社の看板娘」とは…… 「住みたい街ランキング」で常に上位に食い込む北千住。酒場や商店街の賑わいはもちろん、5つの大学キャンパスを有する学園都市でもある。
東口を出て歩くこと約7分。目的地に着いた。
シブい八百屋さんのはす向かいにはーー
「はれてまりカフェ」という飲食店。
プリンが人気で多数のメディアでも紹介されている。
しかし、今回の主役はその奥にある「はれてまり工房」だ。中に入って驚いた。これはオリジナルの内装デザインなのだろうか。
看板娘に聞いてみよう。
「ここは全国の手まりを展示、販売する工房です。古来から大切な人への贈り物として受け継がれてきた伝統文化の魅力を、広く発信したいと思っています」。
看板娘、登場
そうおっしゃるのは館長の佐藤裕佳(ゆか)さん。
冒頭でご紹介した八百屋さんとは懇意で、品物をサービスしてくれたり、こちらからも差し入れを持っていく関係だそうだ。
館内の手まりについて、いろいろと説明してくれた。
もはやアートである。
右は福岡の柳川のもので、女の子が生まれたら初節句で幸せを願って贈る風習があるという。モチーフは51個あり、下のほうは地、上のほうは空、トータルで小宇宙を表しているそうだ。
「左は私が生まれ育った秋田の由利本荘の作品です。『ごてんまり』と呼ばれていて、三方に下がる房はこの地域で作られる手まりだけの特徴となっています」。
次に見せてくれたのは山形県に住む90歳ぐらいの女性の作品群。刺繍で風景を描くのが特徴だという。
おお、かまくらの内部まで描かれている。
日田で作られたという干支てまりもあった。今年は寅だ。
お値段は税込6600円。
ところで、裕佳さん。耳に付けているのも、もしかして手まりですか?
「はい、手まりのイヤリングです。菊と桜の柄で私がデザインしました」。
どこまでも手まり愛にあふれている。
工房のオープン当初は手探り状態だったが、メディア露出が増えるにつれて注目を集め、コラボ企画やイベント出店のオファーが来るようになる。
工房内には手まりを作る裕佳さんの映像が流れていた。かなり大きなサイズですが、これは?
「大きな屋外イベント会場で飾るために、20個の手まりを発注いただいたときのもの。直径が50cmあるので、1個作るのに丸1日かかります。丸くするのが大変なんですよ」。
屋外に飾るので、素材はあまり水を吸わないように工夫して加工したそう。
肝心の作り方を簡単にいうと、地巻(じまき)、地割(じわり)、柄をかがるという工程になるそうだ。
芯には籾殻、綿、発泡スチロールなど地域や作家によって異なる素材が入っている。
裕佳さんが生まれ育った由利本荘市はごてんまりの聖地だが、本人は「ああ、なんか家に飾ってあるなあ」ぐらいの感覚で、その存在を特に意識していなかったという。しかし、秋田の魅力を伝えたいという思いはあった。
「早稲田大学在学中に友人と『秋田チアーズ』という秋田のPR活動を開始しました。品川の秋田物産館、あきた美彩館で自分たちがプロデュースした秋田のお菓子セットを売ったり、精力的に動いていましたね」。
秋田名物の「おばこ衣装」を着てお菓子を売る裕佳さん。
こうした活動の流れで、裕佳さんはごてんまりの魅力に気付き、惚れ込んでゆく。
「由利本荘では約50年前から、毎年10月に『全国ごてんまりコンクール』が開催されます。全国各地の愛好者が作った手まりが集まるイベントとしては、日本で唯一だと思います」。
会場では秋田名物の「ババヘラアイス」も販売。
大学卒業後はウェブマーケティングの会社に就職したが、やりたかったことと違和感を感じたそう。マンションの広告を担当したときは、そのあとのお客様の体験が気になり、一般人のフリをして営業担当者の話を聞きに行ったこともあるという。
「結局、24歳の時に退職し、東北のつながりで縁があった会社にアルバイトとして入ったんです。その会社の社長は、私が大学時代に「てまりが気になる」と言ったのを面白がってくれていて。そこから広がっててまりカフェを運営していました。ホールに出るのはごくたまにで、おもにウェブの制作などを担当していました。やがて、工房もオープンして社員になり、てまりの言い出しっぺとして館長を任された感じです」。
その社長、植村昭雄さんこそが裕佳さんを推薦してくれた人だ。御社の看板娘はいかがでしょう。
「いつも思うのは、東北人特有の強さとしなやかさがあるということ。ひとつのものに、ここまで注力できる人は見たことがないです。彼女がやっている活動は、手まり関係者から受けた恩を返す『恩返し』でもあり、その恩を別の人に贈る『恩送り』でもあると思います」。
「たぶん、生活の中の半分以上は手まりのことを考えているはず」と植村さん。
ここから、話はさらに面白くなる。手まり文化は秋田のものだと思っていた裕佳さんだが、調べてみると日本各地にあることに気付いたのだ。
「資料があまりないので調べるのが大変でしたが、わかっただけでも青森から沖縄まで50近くの手まり文化が継承されていました。それをまとめた分布図がこちらです」。
本当だ、ご当地手まりの多さよ。
そして、手まり文化は日本だけにとどまらない。
「たとえば、東南アジアのラオスでも古くから手まりが作られてきました。50ぐらいある民族の中で、モン族の人たちがお正月のまり投げ遊びに使うんです」。
工房内に飾られていたモン族のテマリ。
「ラオスには納豆を食べる文化があったり、お正月に餅をつく文化があったり、なまはげみたいなのがいたりと、もしかしたらいま日本にあるもののいくつかはラオスから来ているかもしれないと思います」。
居ても立ってもいられなくなった裕佳さんは、植村さんらとともにラオスを訪問し、手まり文化の交流を図る。コロナ直前の2020年1月のことだ。
「ラオスのルアンパバーン地方にあるサンハイ村では、『バーシー』という歓迎の儀式をしてくれました。お唱えをしながら順番に白い紐を腕に巻いてくれるんですが、お祈りの内容は『あなた方がこの先もずっと健康で、元気に、幸せになりますように』というもの。感動のあまり、泣いてしまいました」。
モン族の女性に日本流の手まり作りを教える裕佳さん。
なお、ラオスとの交流はカフェのメニューにも活かされている。
「お出ししているコーヒーには、ラオス産のてまり豆を使っています。てまり豆とは正式にはピーベリー豆といって、1本のコーヒーの木からわずか3%しか収穫できない稀少な豆なんです。こういうコロコロとした丸い形が特徴です」。
左がてまり豆(ピーベリー豆)、右が通常のコーヒー豆。
また、人気のプリンは幸せを願って作られる手まりのような丸い形になっているという、やはり手まり尽くしだった。
全6種の中では「ビターキャラメル味」がいちばん人気。
「最初はほぼひとりでやっていましたが、東北や足立区の方々に背中を押してもらいつつ、『てまりっこ』と呼んでいる手まり仲間も増えてきたのが本当にうれしいです」。
2022年1月には初の「てまりっこ」会も開催。
子供の頃は引っ込み思案で、人前に出るのも嫌いだった裕佳さん。今では先頭に立って手まり文化を牽引している。
興味深い話をたくさん聞いたところで、最後に読者へのメッセージをお願いします。
工房で手まりを鑑賞したのちにカフェでコーヒーとプリンをいただきましょう。
【取材協力】はれてまり工房https://haretemari.com 株式会社CANwww.cantop.jp