特集「男はどうして旅に出るのか?」
なぜ旅は、いつの時代も男心をかき乱すのか。年を重ねると、長旅に時間を割くいとまもないかもしれない。しかしそこには紛れもなくロマンがあり、胸を熱くする体験が待つに違いない。現在42歳の人気モデル・大石学さんは5年前の冬、世界一周の旅に出た。428日かけて48カ国を巡った。今は、目の前で静かに微笑んでいる。なぜ旅に出るのか、旅でどんなことを得て日常に復帰するのか。はたして旅は男を成長させるのか。大石学に聞く、旅の話。その2回目。
>旅するモデル・大石学さんのインタビュー記事を最初から読む大石学、428日の旅の軌跡。心に残る風景
2013年1月、モデルの大石さんが世界一周の旅を始めたのは、シンガポールから。ちょっと長くなるけれど、すべての旅程をここで紹介しておこう。
シンガポールからバリ島に渡り、インドネシアを縦断ツーリング。シンガポールからバスでマレーシア、そこからマレー鉄道でタイに入り、バスでチェンマイ。バイクと車で国内を駆け巡ったらバンコクに戻ってミャンマー→ラオス→ベトナム。急遽思い立ってブータンで3日過ごし、カンボジアへ。
ここまでで2カ月半。一旦帰国後、4月、バングラデシュから旅を再開。
ネパールからインドへ入り、みっちり過ごしてオマーンへ。ドバイを経由してヨルダン、イスラエル、エジプト。トルコを経てヨーロッパへ。ギリシャからバスでブルガリア、セルビア→ハンガリー→スロヴェニア→クロアチア→モンテネグロ→チェコ。ポーランドではアウシュビッツに打ちひしがれ、バルト三国からフィンランドへ。ノルウェーでオーロラに感動、アイスランドからイギリス、フランス、スイス、イタリア。モロッコからサハラ砂漠、カタールを経て大西洋を飛び越え一気にニューヨーク。中米のグアテマラで3週間スペイン語のスクールに通い、南米を攻める。メキシコ、キューバ、ガラパゴス諸島(エクアドル)からペルー。そして念願のボリビア・ウユニ塩湖へ。アルゼンチンを南下し、ついには南極。最後、イースター島に寄り道して東京へ。
ここからは、彼が心に残った絶景を見ながら旅の話を聞いていこう。
「終わりはとくにイメージしていなかったんですが、南極に行った時に“ああ、もう日本に帰ってもいいかな”って思ったんです」。
まあ、ただその後、イースター島にちゃっかり寄り道しちゃうわけだけれど。大石さんの旅は428日を費やし、48カ国を回るという結果になった。
でもこの人、特別に旅慣れしているというわけではない。モデル生活の序盤を暮らしたシンガポールからのスタートだったのだが、旅の幕開けにいきなりiPhoneを紛失。タクシーのドライバーさんがホテルに届けてくれたという。でも、「そういうところが旅の面白さかもしれませんね」と笑う。
旅先で触れたもの・ことが、旅のあり方をどんどん変える
大石さんは旅する時に「綿密な下調べはしない」そうだ。
「大陸ごとに、どこからどう回るかっていうざっくりしたルートは決めていました。あと、“この町からどのバスに乗ればあの町に行けるか” “このバス停から繁華街に行くにはどうすればいいか”みたいな手段や経路は事前に検索して把握だけはしておくんです。でも、実際にその場所からどっちに行くかを決めるのは現地に入ってから」。
事前のリサーチと旅の完全なコースづくりは、いまどき簡単である。自室でチョチョイのチョイで、わかった気になることができる。
「でもそれじゃ面白くないじゃないですか。決め込んでしまうと旅が不自由になります。その日滞在した町から、次どの町へ、どの国へ行くのかは、その場その場で変わることが多かったですね。基本僕は一人旅なんですが、そこで知り合った人となんとなく目指す方角が似ていて“じゃあ一緒に行ってみる?”なんてことも突発的に起こったりするので」。
例えば世界一周の際、大石さんはエジプトのダハブで高熱に倒れた。その時、旅人のあいだでは「沈没生活」と呼ばれる、同じ場所で長期間ウダウダと滞在する日々を送った。10日間、まったく旅程は進まなかった。そこで、日本人のKENさんと馴染みになった。
彼とはその後セルビアで再会。そこからおおよそ1カ月にわたって旅を共にしたという。
そういう予期せぬ出来事に出会えるから、町から町、国から国への移動は基本、陸路をチョイスした。大石さんの旅へのスタンスは非常に自由だ。ベタな観光地にも行くし、誰も知らないレアな地方にも足を延ばす。そんななかで唯一、旅の姿勢として決めていたのがこの“陸路”。
「一足飛びではなくていろんな場所を経由していくことで、ガイドブックに載っていないような町や駅を知ることができます。地元の観光慣れしていない人とも出会えるし、旅行者が全然いない場所だったりもする。あとは車窓から景色を見続けられるのが楽しいんですよね」。
「南米には入ってからは、なぜか女子2人のチームに合流して、やっぱりひと月ぐらい旅したこともありましたしね(笑)」。
東京で暮らしているときとは“まったく違うモードの自分”を発見
毎日の予定がきっちり決まっていない。出会ったばかりの人とノリだけで行動をともにする。「それも同じ部屋に寝泊まりすることもあったり(笑)」。さらにいうと、その人たちは、「仕事の分野も住んでる地域も一切重なっていない」から、日本にいたら絶対出会わない人たちなのだ。
「ミャンマーとかエジプトの田舎のほうに行くと、旅行者に出会うのが珍しいような土地もあるんですよね。そうすると、それだけで話しかけたりしてしまう。“どこから来たんですか?” “どのくらい旅をしてるんですか?” “あとでお茶でもどうですか?”……僕は英語をあまりしゃべらなかったので日本人同士ということが多かったんですが、英語ペラペラの子なら外国人とも“旅行者同士”ということで意気投合しちゃいますよね」。
日本にいるとき、大石さんは決して人見知りではない。だが、無遠慮に相手との距離を詰めることもしない。都市に生活し、ファッションの世界に身を置く40代の男として、ごくごくあたりまえのトーンとマナーをもって他者と接している。それが旅先ではどんどん自己が解放されていくというのだ。
「普通に旅をしていると、自然とそういうモードになっていくんですよね。実は、世界一周の最初、東南アジアにいる頃には、できる限り日本人の旅行者との接触を避けてたんですよ。各国に“日本人が集まる宿”ってあるんですけど、立ち寄らなかったし。でも旅の中盤あたりから“べつにいいんじゃない?”って思い始めて。ふと1回泊まるとホント快適。現地でのいろいろな情報を得られるし、ひとりだと危険な地域にも一緒に行くパートナーも見つかるし」。
日本人同士で群れない“孤高のトラベラー”ってちょっとカッコイイ。だが、それは旅の可能性を狭めてしまうかもしれない。群れることでむしろ、危険なエリアにもアクセスできる。旅における体験の幅は広がる。より“冒険”の要素は強くなる。
見知らぬ人と仲良くなり、盛り上がって行動をともにする。日常の自分がやらないことを旅ではしてしまう。「旅の恥はかき捨て」なんて言葉もあるけれど、そうではない。それは新しい自分の発見。旅ならではの、自分の「モード」の変換に違いないのだ。
【Profile】 大石学 1975年、大阪市生まれ。甲子園を目指し主将を務めた岡山・作陽高校を経て、20歳の時モデルとして本格的に仕事を始める。雑誌のみならず、「LANVIN」「John Varvatos」などのコレクション、テレビCMなどでも活躍。趣味はバイク、トレッキング、マラソンなど。旅先でもたびたび荒野を爆走する。 ・大石学 オフィシャルインスタグラム(@gaku10 ) 取材・文=武田篤典 撮影=稲田 平