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2018.03.21

ライフ

失敗しても続けるのはなぜ? 世界的ヨットマン・白石康次郎の大冒険


特集「男はどうして旅に出るのか?」
なぜ旅は、いつの時代も男心をかき乱すのか。年を重ねると、長旅に時間を割くいとまもないかもしれない。しかしそこには紛れもなくロマンがあり、胸を熱くする体験が待つに違いない。七つの海を股に掛け、ヨットによる単独世界一周を三度も成し遂げた海洋冒険家・白石康次郎は、50歳を迎えながら、世界最高峰と言われるヨットレース『ヴァンデ・グローブ』への挑戦を続ける。彼の声に耳を傾けてみよう。そこに男と旅の関係性を紐解くヒントがきっとある。男なら心躍らずにはいられない海と人生の冒険譚、第一回目。

日本随一のヨットマン、世界最難関のレースに初挑戦
おおよそ15カ月前、南アフリカ・ケープタウン沖で、白石康次郎の船「スピリット オブ ユーコーⅣ」のマストは、突然真っ二つに折れた。世界最高峰と言われるヨットレース『ヴァンデ・グローブ』28日目のことだった。開催は4年に一度。フランスのヴァンデ県をスタートし、アフリカ大陸沿いに南下、喜望峰からインド洋を経て南極大陸を周って、「帆船の墓場」と呼ばれるアルゼンチンのホーン岬を巡って戻って来る単独無寄港世界一周レース。通常は10人程度のクルーを必要とするサイズの船をたったひとりで操り、寄港も補給も一切なく、およそ2万6千マイル(約4万8152km)を90日かけて帆走する。
地図中央がスタート/ゴール地点のフランス・ヴァンデ県レ・サーブル=ドロンヌ。地図最下部の南極大陸を周って同じ町に戻ってくる
地図中央がスタート/ゴール地点のフランス・ヴァンデ県レ・サーブル=ドロンヌ。地図最下部の南極大陸を周って同じ町に戻ってくる
高校時代からヨットにハマり、26歳の時、単独無寄港無補給世界一周の最年少記録(当時)を樹立、その後も世界の名だたるレースに入賞し、これまで単独世界一周を3度成功させた。日本随一のヨットマン・白石康次郎は、2016年、アジア人として初めて「ヴァンデ・グローブ」に参戦した。このレースは白石にとって30年越しの悲願だった。1989年、第1回大会には彼の師匠・多田雄幸が出場する予定だった。だが直前のレース期間中に多田は亡くなってしまう。
「いずれはヴァンデ」を旗印にこれまで白石は活動してきた。実は2012年大会にもチャレンジしようとしたが、ヨットレースには莫大なカネがかかる。この時は資金面で頓挫。その後また地道な営業活動を続け、3億5000万円のスポンサーマネーを獲得した。
白石の船「スピリット・オブ・ユーコーⅣ」。4代目の愛艇。歴代の船はすべて師匠・多田雄幸の名を冠したこの名をつけている
白石の船「スピリット・オブ・ユーコーⅣ」。4代目の愛艇。歴代の船はすべて師匠・多田雄幸の名を冠したこの名をつけている
その夢が、何の前触れもないマストの破損で、一瞬にして潰えたのである。
スタート28日目の2016年12月4日、マストが真っ二つに折れ、レース続行不能に。通信の発達した現代の冒険では、こんなハードな現実もリアルタイムに伝わる
スタート28日目の2016年12月4日、マストが真っ二つに折れ、レース続行不能に。通信の発達した現代の冒険では、こんなハードな現実もリアルタイムに伝わる
リタイアを報告する映像では、白石康次郎の目は涙で真っ赤に腫れていた。だが、今、彼は「時間がない」とキラキラした目で言う。
「世界の強豪チームはもう新しい船作ってるからね。今年の11月から2020年の『ヴァンデ・グローブ』の予選レースが始まるからさ、ホントは参加したいんだけどねー。ちょっと今の状態なら難しいかな。前回は中古艇だったので、次はできれば新艇で行きたいんだよね! マストも中古だったから折れちゃったんで、まずはそこから新品を立てて。とりあえず来年の予選レースからはなんとしてでも参加したいと思ってます!」
マストが折れた船を日本に持ち帰り、去年1年間は営業キャンペーン。今年の3月には浦賀のマリーナに上げて船底の塗り替え作業中を行ったそう。4月以降また、スポンサー獲得のために多くのお客さんをこの船に乗せてキャンペーンを行うのだそうだ。強豪チームは船だけでも4〜5億、チーム総予算は10億を下らない世界。
「まず、海に出る準備を整えることのほうがむずかしいんだよ」。
非常に人懐っこい笑みを浮かべ、ギャグを交えてマシンガントーク。もちろん実績もあってのことだが、これで彼は億単位のスポンサードを受けるのである。
マストが折れ、30年越しの夢は破れた。だが……
「『なんでそんなに元気なんですか?』ってよく言われるんだけど(笑)……泣いてたってしょうがないじゃん。リタイアした時はホント悔しかった。でもそこで考えたのは『みんながどんな姿を僕に期待しているのか』っていうこと。マストを折って30年の夢が破れたのは事実。それは変えられない。それは認める。その先にあるのは『だったら、どうすればこの状況をみんなが楽しんでもらえるか』。ベソかいて悪態ついてそれが実現するなら、いくらでもやるよ。でもそうじゃないじゃない? 『マスト折っただろ! リタイアしたくせに!』って言われたら『そうなんです! 折りました!』しか言えないからね(笑)。だからそう言う。失敗したことに向き合って、失敗した経験をちゃんと語る。だったら失敗した意味があるし、今回の冒険が糧になったんだと思う」。
2016年の「ヴァンデ・グローブ」に参加したメンバーは全29人。有色人種は白石だけだった。2020年の大会にはすでに40人以上が参加を表明している。出場の条件はさらに厳しくなった
2016年の「ヴァンデ・グローブ」に参加したメンバーは全29人。2020年の大会にはすでに40人以上が参加を表明している。出場の条件はさらに厳しくなった。
事実、レース前よりもスポンサーは増えた。ウェブで非難や中傷されることもなかったという。当人にとっても、周囲にとっても、明らかに「失敗だった」のが、現実。だが、どんな結果に終わろうと「冒険に出た」というのもまた、現実。そこで男は「失敗した」という確かな経験を手に入れることもできるのだ。
「僕ね、子供の頃から変わってないと思うんです。ただ単に、みんなで仲良く楽しく遊びたいだけ。バジェットが大きくなろうが、何しようが関係ない。そこはきっとブレずに来たよ」。
【Profile】
白石康次郎
1967年、東京生まれ鎌倉育ち。三崎水産高等学校(現・神奈川県立海洋科学高等学校)在学中に故・多田雄幸氏に師事。1994年、ヨットによる単独無寄港無補給世界一周の史上最年少記録(当時)を樹立。2006年単独世界一周レース「5OCEANS」クラスⅠ(60フィート)で2位入賞。16年には単独世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローヴ」にアジア人として初出場。児童養護施設への支援活動やボランティアにも長年従事。
http://www.kojiro.jp/index.html
取材・文/武田篤典 撮影/稲田 平
 


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