OCEANS

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2018.03.31

ライフ

世界的海洋冒険家・白石康次郎「オッサンよ、冒険に出よう!」


特集「男はどうして旅に出るのか?」
なぜ旅は、いつの時代も男心をかき乱すのか。年を重ねると、長旅に時間を割くいとまもないかもしれない。しかしそこには紛れもなくロマンがあり、胸を熱くする体験が待つに違いない。七つの海を股に掛け、ヨットによる単独世界一周を三度も成し遂げた海洋冒険家・白石康次郎は、50歳を迎えながら、世界最高峰と言われるヨットレース『ヴァンデ・グローブ』への挑戦を続ける。彼の声に耳を傾けてみよう。そこに男と旅の関係性を紐解くヒントがきっとある。男なら心躍らずにはいられない海と人生の冒険譚、最終回。

冒険とは、何かしら初めての経験をすること

白石康次郎の肩書きは海洋冒険家。「ヨットマン」とか「スキッパー」(ヨットの艇長)ではない。「ヨットを操って海を行く」というよりは「それを手段に冒険する」というほうが、彼の生き方をより的確に表しているのである。
「一人でヨットに乗って旅することは、すでにそれが冒険なんです。居心地のいい日常の自分から抜け出して、社会の常識を打ち破ることこそ、僕は冒険だと思っています。僕はよく子どもたちに『冒険しようぜ』って言ってるんですけど、それはオッサンたちにも言えること」
大切なのは失敗したり恥をかいたりする経験だという。26歳で彼は、単独無寄港無補給世界一周を成し遂げた。それは大いなる冒険だった。実は、達成したのは3度目のチャレンジ。今と同じように周囲からお金をかき集め、様々な人の協力と温情を得てスタートした挑戦は2度失敗に終わった。2度目の失敗の後、しばらくある造船所に引きこもりさえした。プロフィール的に書くと簡単だけれど、20代の若造が大風呂敷広げて2回も失敗したのだ。我が身に置き換えてみてほしい。めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか。でもそれをすることが「冒険」なのだと白石は言うのだ。わが身の恥ずかしく情けなかった歴史を振り返って「あれこそが人生には必要なのだ」と。

自ら失敗を経験し、人に接して男は磨かれる


「冒険ってね、ヨットで海に出ることじゃないんです。例えばゴルフでもカヌーでも、オシャレすることでもなんでもいい。最初は何もわからないでしょ? 打ちっぱなしに初めて行くと下手くそじゃん? めちゃくちゃカッコ悪いよね。それを体験することが冒険。うまく走れないしうまく着こなせないし白い目で見られたりもする。そこに踏み込んでいって失敗を経験するのが冒険。初めてやることなんてうまくいきっこないんだ。でも一つひとつ壁を乗り越えることで、誰かと接点ができて人間として磨かれる」
そして、しがみついてやる必要もないのだ、という。うまくいかなければやめてしまえばいい。その場合でも「うまくいかなかったという経験」が得られる。それだけでも、居心地のいい日常に居続けるのとは雲泥の差なのだ。「ヴァンデ・グローブ」でスポンサーフィー3億5000万円を溶かした張本人が、胸を張って言うのである。説得力はあるじゃないか。
もちろん白石は、自分が好きだからお金を集めて無謀とも言える冒険に出る。でもせっかくだから、その姿を、成功するにせよ失敗するにせよ、人に見せたいのだという。そこから何かを感じ取ってもらえれば幸せなのだ。
白石は愛艇を日本各地の港に回航し、一般の人々の乗船体験や講演会を行う。様々な困難を乗り越えていく「勇気」を子どもたちに伝えたいという。こちらは昨年夏の広島県福山市での模様

好きなことを好きなだけやれ。ただ、誰も泣かすな

「今、元気のない人たちが多いからね。“大丈夫だよ、思いっきり好きなことやりな。自分で稼いだ金は好きなように自分で遣いな”って。毎日満員電車に乗って仕事に行って自分で得た、労働の対価なんだから堂々と好きなように使いなさいって」
でも、家庭がある。家計もある。そう反論すると、白石に全力で笑い飛ばされた。
「そういう考え方は、むしろ“流れ”を止めると思う。人が喜ぶことにお金を遣えば、それはまた返ってくるって俺は信じてる。自分で喜んで使うと世の中に対して“幸せ!”っていう感じが広まる。楽しそうな人って素敵じゃん?」
完全なる正論。そう言われると「あ、はい」としか言えない。
「そんな人、周りが放っておかないから。その人の周りには人が集まるから。でもビクビクしながら使うと、逆にそれは“俺、ビクビクしてます”ってことを、お金遣って周りに宣伝してることになるわけだから(笑)。俺、今までヨットレースに5億円ぐらい遣ったかな。全部、人のお金だよ(笑)。しかも手元に一銭も残さない。だからまた入ってくるんだよ。ヨットレースのためスポンサーが出してくれるお金は完全に、むしろマイナスになるぐらい遣っちゃう。そうすると次また入ってくる。……超でかい車輪の自転車操業だよね」
何しろ白石自身が、すごいバジェットで「好きなように遣う」を体現しているのだ。
2016年「ヴァンデ・グローブ」スタート時の模様。主催者は「新艇での参加」を呼びかけているという。白石曰く「そのほうがレースとして華やかだし盛り上がるからね(笑)」
白石康次郎は今年も「スピリット・オブ・ユーコーⅣ」を駆る。2年8カ月後の「ヴァンデ・グローブ」を目指して、多くの人々を乗せ、楽しく語らう。過去の失敗の経験を話す。初の完走を目指して、すでに新しい冒険は始まっている。
最後に改めて確認である。冒険とは「居心地のいい日常の自分から抜け出して、社会の常識を打ち破ること」。そこで生じるリスクを体感することこそに意味がある。それによって男は磨かれる。すでに何度もリスクを冒し、時に失敗し、その都度成長してきた男の言葉だ。それはきっと体験してみないことにはわからないだろう。
幸運にも、ホビー感覚でもちゃんと男は磨かれるらしい。さあ諸君、ちょっとした冒険の旅を始めてみないか?
【Profile】
白石康次郎
1967年、東京生まれ鎌倉育ち。三崎水産高等学校(現・神奈川県立海洋科学高等学校)在学中に故・多田雄幸氏に師事。1994年、ヨットによる単独無寄港無補給世界一周の史上最年少記録(当時)を樹立。2006年単独世界一周レース「5OCEANS」クラスⅠ(60フィート)で2位入賞。16年には単独世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローヴ」にアジア人として初出場。児童養護施設への支援活動やボランティアにも長年従事。
www.kojiro.jp/index.html
取材・文=武田篤典 撮影=稲田 平
 


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