連載「The BLUEKEEPERS Project」とは……セイラーズフォーザシー日本支局理事長の井植美奈子さんと、シーフードレガシー代表の花岡和佳男さんによるサステナブルなシーフードにまつわる対談企画。
第3回のテーマは「アジアにおける日本の役割」。世界から寄せられる期待と課題を踏まえ、日本がどうリーダーシップを発揮できるのかを探る。
【写真8点】「“問題の海域”から“解決の海域”へ。アジアで求められる日本のリーダーシップとは?」の詳細写真をチェック
花岡和佳男(はなおか・わかお)⚫︎株式会社シーフードレガシー 代表取締役フロリダの大学にて海洋環境学及び海洋生物学を専攻。 卒業後、モルディブ及びマレーシアにて海洋環境保全事業に従事。 2007年より国際環境 NGOで海洋生態系担当シニア・キャンペナーとしてジャパン・サステナブル・シーフード・プロジェクトを立ち上げ引率。
――世界から見ると、現在の日本の漁業はどのように語られているのでしょうか?井植美奈子(以下、井植)「以前は『獲りすぎ、管理不足』と批判されてきましたが、今は違います。日本もようやくサステナブルな漁業へ舵を切ったので、東アジアの主要漁業国として、欧米型の漁業とは異質なアジアの漁業をサステナブルに転換していく牽引役としての期待が高まっている。とりわけ日本がどう旗を振れるのかが注目されています」。
花岡和佳男(以下、花岡)「アジア全体の底上げにつながってほしいという期待値ですね。すでにサステナブルシーフードのムーブメントが成熟しているEUやアメリカにいくと、目標が定められていて、ルールが決まっています。しかしアジアは、まだプロセスの渦中にあると思うんです。
例えば日本、中国、韓国、台湾は、かつては世界各地の海で乱獲する遠洋漁業ブロックとして、国際社会から非難の的になっていました。今ではそのレッテルを貼られ続けるわけにはいかないと、東アジア諸国のステークホルダーも連携を強化してきています。問題を放置すれば資源は減る一方。その先に未来がないことを理解している今だからこそ、共通のゴールが必要です」。
井植美奈子(いうえ・みなこ)⚫︎ディビッド・ロックフェラーJr.が米国で設立した海洋環境保護NGO[Sailors for the Sea]のアフィリエイトとして独立した日本法人「一般社団法人セイラーズフォーザシー日本支局」を設立。京都大学博士(地球環境学)・東京大学大気海洋研究所 特任研究員。総合地球環境学研究所 特任准教授。OCEANS SDGsコンテンツアドバイザー。
井植「環境が壊れてさらに魚が少なくなり漁獲量が減ればビジネスモデルが成り立たなくなり、コストカットのために違法な営業や人権侵害による方法を採用することになるかもしれない。それを良しとする人はいないけれど、既存のビジネスのシステムがそうなっている点が問題です。
また、少し視点が変わりますが、マーケットとして、EUやアメリカのように大きな大陸ではなく、アジアは島国が寄せ集まっているという特徴を認識する必要があると思います。そのうえでの海洋戦略であり水産戦略なのです」。
シーフードレガシーのオフィスに置かれていたスタッフユニフォーム。オーシャンズでも以前取り上げたアップサイクルブランド「エコアルフ(ECOALF)」のものに刺繍が施されたものだった。
花岡「サプライチェーンは国境を越えてつながっているからこそ、国ごとにバラバラに取り組むのではなく、アジア全体で共通のゴールを掲げることが理想だと思います。マーケットの力で政府を動かすアプローチは効果的であり、各国が自国に合った方法を模索しながらも、同じ方向に進むことが重要です。
とりわけ、世界最大の漁獲量を誇るアジア太平洋の海域は、計画性なく乱獲が続けば資源が枯渇すると警告されていますし、違法漁船の問題も集中しています。だからこそ“問題を抱えるエリア”から“解決へと導くエリア”へと変えていく。国の政策は異なっても、水産に関しては一つの指針を共有し、世界に影響力を持つマーケットを築くことが欠かせないのです」。
井植「実際にインドネシアでは、養殖業者がサステナビリティに積極的に取り組み始めています。ただ、認証の取得などにはコストがかかる。その努力を日本のマーケットがきちんと評価できるかどうかが問われていますし、それは私たちの誠意でもあるでしょう」。
花岡「東南アジアでは、一般の消費者には『魚は捕れて当たり前』という感覚が根強いですが、欧米市場に水産物を提供する企業は違います。欧米市場は「サステナブルでない水産物は買わない」とする企業が多く、東南アジアの養殖企業もその需要に合わせて認証を取得して水産物を生産している。
つまり、需要があれば、生産体制は必ずつくられる。アジア市場全体でサステナブルな水産物の需要が高まれば、Win-Winのモデルが実現します。その流れをリードするのは、日本の役割だと思います」。
井植 「セイラーズフォーザシーでは、ブルーシーフードガイド
※を12年間続けてきて、消費者の意識啓発はとても意味があることだと感じています。それと同時に、国会議員の方や、意思決定をする企業のトップの方々に理解を求める活動が重要だと考えています」。
※「おいしく、たのしく、地球にやさしく。」 をモットーにセイラーズフォーザシーが評価・選定した、食べても水産資源を脅かさない魚介類を掲載したリスト。詳しくはこちらの記事で。
花岡「シーフードレガシーでも、消費者には温度差があるからこそ、加速度的に変えていくためには企業への働きかけが重要だと考えてきました。いま求められているのは、海洋保全と企業活動をどう掛け合わせるか。オーシャン×アカデミア、オーシャン×ファイナンス、オーシャン×サイエンスといった掛け合わせが、世界の潮流になっています」。
井植「やはり、2015年ぐらいから言われてきたブルーエコノミー
※をリードできる人が必要になりますよね。そういう旗振り役としてシーフードレガシーや、ブルーシーフードガイドの活動が活きてくると思います」。
※海洋資源を持続可能な形で活用することと、経済成長と海洋生態系保全を両立させる経済活動の概念
花岡「消費者の力も侮れません。スーパーの方に伺ったのですが、『ひとつの意見の裏には同じ思いを持つお客様が10人いる』と考えているそうです。もし『ブルーシーフード以外は売らないでほしい」という声が届けば、陳列を変えることも可能です。需要が変われば仕入れも変わり、サプライチェーン全体が動いていく。消費者の声はそれだけ大きな力を持っています」。
井植「ニュージーランドやオーストラリア、ノルウェー、アラスカなどの一部地域では、認証がなくても『海そのものがサステナブル』だから、そこから獲れる魚はすべて安心できるという状況が実現しています。本来は認証がなくてもサステナブルであるのが理想。日本の水道と同じで、蛇口をひねれば安全な水が出てくるように、スーパーで並ぶ魚介類がすべてサステナブルである未来を目指したいですね」。
花岡「サステナブルとは、魚だけの問題ではありません。漁師、加工業者、流通業者、観光や土産物産業まで、浜に関わる経済全体が持続可能であることが求められます。でなければ、ブルーエコノミーは本当の意味で実現できないのです」。

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サステナブルな漁業の未来をつくるのは、政府でも企業でも消費者でもなく、その三者が一体となった海を思う力。日本が培ったモデルをアジアへ広げ、世界のスタンダードへと昇華していくことが、これからの大きな挑戦です。私たち一人ひとりの選択が、未来の海を変えるのだ。
▶︎最終回(29日公開)に続く