世界が「発酵」に向ける熱い視線
1978年、バージニア州リッチモンドで設立されたSAN-J。徹底的な現地化戦略や現地生産で米国の新たな醤油市場を切り開き、2001年には父親の後を継ぐ形で佐藤氏が社長に就任した。
「発酵なんて昔からあるもので、地味で面白くない。最初はそんな風に思っていました」
そう語る佐藤氏が「日本の発酵文化を世界に広める」という戦略に大きく舵を切ったきっかけは、Instagramだった。
2021年、会社のInstagramアカウントのフォロワーがなかなか増えず悩んでいた佐藤氏は、原因を探るために、自分自身で発信してみることにした。試しに醤油や発酵について投稿を始めると、毎日50人近いフォロワーが増えるという予想外の反響が。ここで初めて、佐藤氏は「地味」だと思っていた発酵に、世界が大きな関心を寄せていることに気づいた。
さらに、同じ頃、第二子の夜間ミルク当番をしながら、当時流行していたClubhouse(クラブハウス、音声SNS)を聴いていた佐藤氏は、日本の醸造業界の現状に触れることになる。日本の醸造業者たちとClubhouseを通して初めてつながった彼は、人口減少や和食離れによって、地方の多くの醸造メーカーが経営危機に瀕していることを知る。
「日本には優れた商品を持つ醸造メーカーがたくさんあるのに、売り先がなく困っている状況でした。私が生まれた頃は6000社あった醸造業者が、今では1000社を切る勢いです。その一方で、世界には発酵に関する商品や情報がまだまだ不足していました」
発酵ツアーは即完売
それなら、この両者をつなげるべきだと考えた佐藤氏は、日本の発酵デザイナー・小倉ヒラク氏と共同で「発酵ツーリズム」を立ち上げ、日本の伝統的な醸造を海外に紹介し始めた。
ミシュラン三ツ星シェフ、発酵分野のベストセラー作家、そして主要メディアの記者らが参加するこのツアーは、アメリカからの参加者を募り、日本各地の醸造メーカーを訪れるというものだ。2泊3日で2500ドル(航空券を含まず)と高額にもかかわらず、すぐに完売するほどの人気だ。
また、2022年にはノーマと発酵調味料「Smoked Mushroom Garum」の共同開発も実現。SAN-Jの持つ発酵技術を使い、アメリカ市場だけでなくグローバルに展開している。
こうして発酵の世界にアンテナを張るようになった佐藤氏は、次第に危機感を抱くようになる。発酵に関する国際イベントに参加すれば、欧米企業の存在感が非常に強く、日本の影が薄いことを痛感した。イベントに招かれても、日本人スピーカーは佐藤氏ひとりという状況が続いてきた。
世界が発酵に熱い視線を向ける中で、このまま黙っていれば、日本が誇る独自の発酵文化が世界から取り残されてしまうのではないか──その懸念が、佐藤氏の中でますます強まっていった。
そこで同社は、日本の発酵調味料メーカーにアメリカでの販売網を提供する事業をスタート。2024年9月には、その第一弾となる商品の販売がスタートした。
「SAN-Jにとっては、単に利益を得るだけでなく、新商品の開発にもつながるというメリットがあります。当社がプラットフォームを提供し、強力なブランド集団をつくり上げることで、誰も損をしない仕組みができあがります」(佐藤)
さらに、アメリカの料理学校との連携で、発酵の授業を単位取得のできる科目にするための取り組みも進行中だ。これにより、日本の発酵技術が次世代のシェフに伝わり、アメリカのレストラン業界に深く根付くことが期待される。
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