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各分野の専門家の方々に子を持つ親として大切にしたいこと、知っておきたいことをお聞きします。
自分が生きる世界を自分で作る
その実感が持てれば幸せを感じられるはず
| 京都大学大学院教授 柴田 悠さん 1978年東京生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科教授。人間・環境学博士。幸せをテーマに社会学や社会保障論などを研究する。著書に『子育て支援と経済成長』(朝日新書)など。6歳双子と4歳の3姉妹の父。 |
どのような社会を作れば、誰もが幸せに生きていけるのか。それを社会学の視点で考えてきた結果、たどり着いたのが「子育て支援」でした。なかでも特に注目したいのは
「保育のあり方」です。
現在、こども家庭庁が外部機関と進めている「10年後の子ども・子育て支援の在り方を考える研究会」に委員として参加しています。そこで知った国内の先進事例に、興味深いものがありました。
ある園では、園児の希望をできるだけ叶えようと保育者が個々に対応し、子どもの興味や特性に合わせて、のびのびとやりたいことを、やりたいペースでさせています。
以前は、そういった保育園は「あの園を出た子は小学校でうまくやっていけないのでは」と心配されたといいます。しかし、卒園児の様子から見えてきたことがありました。
彼らは小学生になると、けんかの仲裁に入ったり、行事のときに率先してアイデアを出し、みずから意見をまとめたりします。受け身で言われたことをやるのではなく、
主体的に動くことが小さいうちからトレーニングされているのでしょう。
さらに、自分のやりたいことを伝え、それを周囲にサポートしてもらってきた成功体験があるので、どうすればやりたいことを実現できるか、みんなでどう協力したらいいか、友達と関わりながら考えていくことができるのです。
意欲や主体性、他者との関わりといった非認知能力を自然と育んできた結果です。
放課後デイケアが併設され、障がい児たちと一緒に過ごす園もあります。地域のお年寄りや就労支援施設の利用者たちとも日常的に交流することで、社会の多様性を知っていくのですね。
また、個々の特性に合わせた多元的な評価で認められて育った子は、他者を認める力も高くなります。
その子たちが大人になれば、
周囲の特性や多様性に寛容になり、柔軟に対応できる社会としての変化につながるのではないでしょうか。それぞれの個性が発揮されれば、イノベーションも起こりやすくなります。
これまでの日本は、いわゆる偏差値教育、一元的な評価でした。年功序列、終身雇用で、黙っていても給料が上がる受け身な働き方です。
しかし90年代以降は、いかにイノベーションを起こすか、アイデア勝負の時代になりました。それなのに働き方は大きく変わろうとしていません。
それぞれの得意なことを生かすのではなく、
一元的な評価のあり方が続いてきたからこそ、日本は30年もの間、賃金が上がらず停滞したのだと私は考えています。
今、保育や幼児教育の場が少しずつ変化し、小学校もそれを追うように変わりつつあります。大学も、特色入試のような偏差値以外で評価する取り組みが増えてきました。会社も、柔軟な採用や働き方が生まれています。
時代に合わせて変化しなければ、個人の良さが発揮できない社会になりつつあるのですね。偏差値や大学名でふるいにかけるようなやり方では、これからの少子化社会では良い人材も集まらず、会社は淘汰されていきます。
もちろん、読み書き計算のような認知能力が活きる場もあります。多元的に物事を見るわけですから、どういった面を重視するかは場面ごとに異なります。
以前と変わってきているのは、どの会社でも通用する人を育てるのではなく、
その人の持っている特性との相性を大切にするということです。
一元的な評価では、たまたま特性に合えばいいですが、無理しながら働く場合もあるでしょう。そうすると人は良い面をなかなか発揮できません。主体的に取り組めず、周囲から評価されないため自己肯定感も下がっていきます。
しかし多元的な評価なら、自分の特性を活かして働けます。自分の軸で評価されると、やりがいも感じられますね。自分が生きていく世界を、自分で作っていくという実感が持てると、より幸せを感じられるのではないでしょうか。
私自身、「本人にできないことは無理にさせない」という方針の下で育ちました。親は私が嫌がることを無理強いせず、楽しめることをさせてくれていたそうです。
塾にも通っていましたし、中学受験も経験しています。でも、合格しなさい、もっと勉強しなさいと圧力をかけられたことはありません。今思えば、親は学ぶ環境は整えながらも、ほどよく放置してくれていたのが良かったのだと思います。
結果的に、受験は不合格で地元の公立校に通いましたが、そのときも責められることはなかったですし、多様な友人と出会うことができました。
今は私も3人の父親となりました。子育てが実際に始まってみると、同じ親から生まれながらも、特性というのはこうも違うのかと驚くばかりです。
上の2人は二卵性双生児の姉妹なので、育つ環境は同じなのに遺伝子は別。ひとりは集中力が高く入り込むようなタイプで、もうひとりは周囲のことを気にかけるタイプです。
三女が誕生したときは、双子の子育てを経験した自負もあり楽にこなせると考えていましたが、これまたまったく違うタイプで、同じようにはいきません。
親も、子どもによって対応の仕方を変える必要があるのですね。同じやり方で全部こちらを向かせるのは、やはり無理があります。
ただし特性、個性というと不変なものに思われますが、実は環境によって変化することもわかっています。試したり、少し間を置いてみたりしながら見極めていくものなのですね。
うちの双子たちも、同じように習い事を体験させても、ひとりは慣れるまでに少し時間がかかりました。最初に嫌がったから絶対にダメというわけでもないようです。もちろん、いつまでも嫌がる場合は中止の決断もいりますが。
そうやって、子どもの特性に合わせながら親も対応力をつけていくことで、相手を受容する幅も、キャパシティも広がっていくのだと思います。大変ですが試行錯誤しながら、親も子も一緒に育っていきたいものですね。