アーティファクト バイ スペルガがお膝元のイタリアやイギリス、日本を中心に好調に推移している。勝因は100年続くスペルガのDNAをモダンにブラッシュアップした感性に尽きる。
“アーティファクト”は工芸品、芸術品、遺産の意。アーティファクト バイ スペルガはスペルガが2020年の秋にローンチしたプレミアムラインだ。
「目利きのあいだではヴァルカナイズ製法の名門老舗として知られるスペルガですが、ここのところは女性からの支持が厚い。
モナコやカプリといったリゾート地で履かれるラグジュアリーなイメージが浸透したためです。必然、商品企画も女性を意識したものが増えました」(マーケティング室室長、冨中海王子さん)。
そのイメージは決して悪いものではないけれど、上層部にとっては忸怩たる思いもあった。いち早くヴァルカナイズを採り入れたのもスペルガなら、イタリア軍が制式採用したのもスペルガである。
にもかかわらず、そのようなヘリテージがかすんでしまっていたからだ。
100余年の歴史を誇るスペルガにとって、ヘリテージの復権はなんとしても果たさなければならないミッションだった。
そこにふらりと現れたのが菅谷鉄兵というひとりの日本人である。菅谷は開口一番言った。スペルガには素晴らしいアーカイブがある。あなたたちはなぜこれをもっと活かさないのですか――。
日本では知る人ぞ知る存在だが、菅谷は非の打ちどころのないキャリアを歩んできた。
高校を卒業した菅谷は文化服装学院に入学し、在学中にエントリーしたファッションコンテストでグランプリを獲得。その副賞で渡英、セントラル・セント・マーチンズの奨学生になるやファッションデザイナーの登竜門であるITS(インターナショナル・タレント・サポート)を受賞。日本人ではじめてとなる快挙だった。
続けて進んだファッション・インスティテュート・アーネムでMA(修士号)を取得したのち、ディーゼルでキャリアを積んで2011年に独立。いまやヴィンテージミリタリーを謳うイタリアのMYAR(マイヤー)やYKK、そしてケンゾーといった名だたるブランドから引く手数多のデザイナーである。
菅谷は現在、アムステルダムに暮らす。時間をみつけて足しげく通うヴィンテージショップで出合ったのが、スペルガのアーカイブの数々。そのオーラに圧倒された菅谷はこのまま埋もれさせておくのはもったいないと考え、アーティファクト バイ スペルガを作りあげた。
どこをとってもマスキュリン
アーティファクト バイ スペルガは「ミル・スペック」、「ワークス」、「デック」という3つのラインからなる。
ネーミングどおりのテイスト、タッチをベースとしつつ、すべてに共通するのはヴァルカナイズ製法、厳選されたファブリック、そしてアーカイブからピックアップされたソールである。
「ミル・スペック」の新作「2434-CD162 MILITARY CORDLANE」。1万4300円/スペルガ(カメイ・プロアクト 03-6450-1515)
ファーストモデルを例に挙げれば――「ミル・スペック」は岡山は児島で織られた16オンスの肉厚なキャンバス、1950年代のレインブーツに使われていたカレンダーソールで構成される。カレンダーソールはさざ波のように畝るトレッドパターンがその特徴だ。
「ワークス」の新作「2432-W C1150 SELVEDGE DUCK」。1万4300円/スペルガ(カメイ・プロアクト 03-6450-1515)
「ワークス」は同じく児島のモールスキン、1970年代に誕生したカップソールで構成される。カップソールは一枚のラバーを包み込むように成型したソールユニットのこと。
「デック」の新作「2430-D ORGANIC CANVAS」。1万2100円/スペルガ(カメイ・プロアクト 03-6450-1515)
「デック」はスペルガの創業時から仕入れるベトナム産のキャンバスを後染めしたもの、「2750」のアイコンであるオレンジピールを利かせたラバーソールで構成される。
生産を請け負うのはインライン同様、スペルガが全幅の信頼を置くベトナムの工場だ(イタリア本国の工場は2度の大戦で消失した)。目下3社の工場と取引をしているが、最古参の工場での生産がはじまったのは1982年。実に40年にわたる付き合いである。
今回の取材でもっとも驚いたのはベースモデルがないという事実だった。
「菅谷さんはすべていちからデザインを起こしています。つまり、膨大なアーカイブをそのままなぞるのではなく、咀嚼したものをかたちにしているのです」(冨中さん)。
そのものずばりのデザインはアーカイブにひとつとしてないが、仕上がってみればたしかにスペルガ。よほどしっかりと噛み砕いたに違いない。
細部に目を転じれば、ラギッドなバンパー、ファッジホイールで刻みを入れた幅の広いフォクシングテープ、ロウビキのシューレース、1950年代のロゴをベースにしたヒールパッチあたりも見逃せない。ヴァルカナイズがたたえるマスキュリンさが増しているのがわかるだろう。
ダイヤモンド形状の凹凸を描くバンパー、ファッジホイールで刻みを入れたフォクシングテープ、ロウビキのシューレース。いずれもマスキュリンのひと言。
素材調達を菅谷自ら行っているのも特筆したい点だ。すでに触れたとおり多くは日本製で、男心をくすぐるものばかり。その目利きぶりには舌を巻く。
3月16日にローンチされる新作もアッパー素材はよりどりみどりだ。
「ミル・スペック」はミリタリーコードレーン、「ワークス」はセルビッジダック、「デック」はリネンを混紡したオーガニックコットンを採用した。
「デック」は内羽根というデザインにも注目したい。スニーカーにはそもそも珍しいデザインであり、そして軍靴のようなマスキュリンな印象を醸し出す。
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