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2018.03.26

ライフ

海洋冒険家の白石康次郎と旅。プライベートではどこに行くの?


特集「男はどうして旅に出るのか?」
なぜ旅は、いつの時代も男心をかき乱すのか。年を重ねると、長旅に時間を割くいとまもないかもしれない。しかしそこには紛れもなくロマンがあり、胸を熱くする体験が待つに違いない。七つの海を股に掛け、ヨットによる単独世界一周を三度も成し遂げた海洋冒険家・白石康次郎は、50歳を迎えながら、世界最高峰と言われるヨットレース『ヴァンデ・グローブ』への挑戦を続ける。彼の声に耳を傾けてみよう。そこに男と旅の関係性を紐解くヒントがきっとある。男なら心躍らずにはいられない海と人生の冒険譚、第三回目。

明日からでも冒険はできる。常に準備はできている

船の準備さえ整えば明日からでも世界一周の冒険に出られる、と白石康次郎は言った。
「女房も子供も普通に『じゃあね! いってらっしゃい!』って送り出してくれるね。で、僕はこのまま冒険に出ます。取材されていつも困るのは『孤独にどうやって対処してるんですか?』とか『一人で世界一周、すごい勇気ですね』って言われること。孤独だと思わないし、勇気を振り絞ってもいないよ。好きなことをしてるだけなんだよね(笑)」。
白石の船は全長60フィート(約18メートル)。しかし外洋の荒波の前では木の葉のように舞う
ビルの5階分はあるような波をかぶり、堅牢なマストも折れるような冒険の日々を送るヨットマンも時には“普通の旅”に出る。毎年夏休みには、奥さんと現在中1のお嬢さんと沖縄に行くという。
「海はやっぱり楽しいからね(笑)。娘とシュノーケリングしたり、動物を見に行ったりね。サバニレースっていうカヌーのレースをやってた仲間もいっぱいいるし、沖縄はなんか力が抜けていいんだよね。女房は『ハワイへ行きたい』って言うんだけど、たぶんそれはショッピングとかそっちの楽しみもあってだろうね」。
それは「家族サービス」ではない。家族も楽しめば、自分も楽しむというスタンス。奥さんも娘さんも白石の命がけの海の冒険を特別視していないという。
 

泰然と、白石を海に送り出す家族とは

「いや、家族はヨットに乗りたいとかまったくゼロだね。実際乗せたことは1回もない。一昨年の『ヴァンデ・グローブ』の時も、フランス北西部にあるスタート地点のレ・サーブル・ドロンヌに連れてったんだよ。なんて言ったと思う? まず言ったのが『パリがよかった!』だからね(笑)。『報道ステーション』が取材に来て、“これから出発するお父さんに向けて”みたいなことで娘にインタビューとったらしいんだけど、娘、自分が何をしたいかってことを延々語って。まるで使えなかったんだって(笑)」。
レ・サーブル・ドロンヌからのスタートの模様。35万人の観客を前に出場艇がパレードする。“サムライ・スキッパー”の異名をとる白石ならではのスタイルだ
まったく無関心なのではなく、父親同様、自分のことは自分で決める。周囲の顔色を一切伺わない。まさに白石本人が育った道筋を、確実にお嬢さんも歩んでいる模様なのだ。……となると、俄然興味が湧くのは妻のこと。夫の無謀なライフスタイル(失礼!)をいかに受け入れて生きているのか。
「うちの女房はもともと局アナだったんだよ。大学出て証券会社に入ってから中途でテレビ局に行ったの。面白いんだよ。局アナ最初の気象予報士で、番組にゲストで呼ばれて知り合ったの。なんで俺と結婚したのか女房に聞いてみないとわからないけど、よく決心したよね(笑)」。
 

冒険家は、なぜ家庭を持つことを決断したのか

それまで何人かお付き合いしていた女性はいた。うち二人とは結納まで交わした。もしかしたらすぐに海に出てしまう白石をつなぎとめる手段だったのかもしれない。でも結婚には至らなかった。
「どこかのタイミングで、どうしてもヨットと比べちゃうんだよね。ヨットレースをやりたい。けど、結婚すると女房を養うことになる。そうするときっとヨットに集中できなくなる。そう思ってた。でも女房の時にはそれがなかったの。普通に付き合って結婚して、そのままヨットレースを続けられる。そんな感じがしたのが女房だったんだよ」。

白石が結婚したのは30代前半。自分の人生にも結婚して生じる家庭にも責任を持たねばならないお年頃だった。だが巡り合った伴侶は、「30代なんだから」「一家の長になるんだから」という、姿勢の変更を求めるような相手ではなかったのだ。
結果、白石は、それまでと同じようにヨットに熱中しながら家庭を持つということを実現できた。結婚前も結婚後も、まったく変わらず男が好きなことをやり続けるというスタンス、これはなかなかすごいし、ちょっと見習いたいものである。
「でもさ、結婚する前からヨットやってて“もともと俺ってこういう人間なんだよ”っていうことをあけっぴろげにしていたわけだからさ、そこで何かが変わる必要はなかったんだよ。わかってくれてるよね? あとはオマエが決めてくれたらいいよ、っていう姿勢だったんだ」。
 
【Profile】
白石康次郎
1967年、東京生まれ鎌倉育ち。三崎水産高等学校(現・神奈川県立海洋科学高等学校)在学中に故・多田雄幸氏に師事。1994年、ヨットによる単独無寄港無補給世界一周の史上最年少記録(当時)を樹立。2006年単独世界一周レース「5OCEANS」クラスⅠ(60フィート)で2位入賞。16年には単独世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローヴ」にアジア人として初出場。児童養護施設への支援活動やボランティアにも長年従事。
www.kojiro.jp/index.html
取材・文=武田篤典 撮影=稲田 平
 


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