時器放談 Vol.18
2020.10.26
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正体不明だった“寅さん時計”が奇跡の公式復刻。格好いいを越えた魅力のすべて

「時器放談」とは……

アクション、コメディ、人間ドラマ……etc.。さまざまな映画やテレビから“格好いい”を学んできたオーシャンズ世代。主役・脇役を問わず、虜になった登場人物は数知れないはずだ。

今回の放談テーマは「映画と腕時計の親愛関係」について。誰もが知る“あの人”が身に着けた腕時計にフォーカスする。

論客は今回もこのお2人。広田雅将さん(左)と安藤夏樹さん(右)。

1人目は映画『男はつらいよ』でフーテンの寅が愛した“あの時計”である。

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実は洒落者だった寅さん

東京都葛飾区柴又、帝釈天の門前町の団子屋「くるまや」の跡取り息子。15歳で妹を残し家出して“香具師(テキ屋)”稼業に足を踏み入れた、自他共に認めるヤクザな兄貴。しかし憎まれるどころか、不思議と周囲から愛されてしまう。

映画『男はつらいよ』に登場する車寅次郎、通称“フーテンの寅さん”は、言わずと知れた国民的人気者である。

安藤 いきなりですが、僕は広田さんを時計界の車寅次郎だと思っているんです。いつも決まったクラシカルなスーツスタイルに、使い込まれたバッグを持っていますよね。その佇まいが、寅さんなんですよ。そこにスタイルが滲み出ているというか。

広田 いや、僕は単に面倒くさがりなだけですよ(笑)。第1作の『男はつらいよ』では、寅さんがスーツを着てネクタイを締めて、コンビ靴を履いている姿を確認できますが、実は寅さんは結構なお洒落さんですよね。

安藤 そうなんです。寅さんは持ち物に相当なこだわりがある。雪駄の鼻緒にはニシキヘビを、底は馬革のコードバンを使っていたらしい。おまけに、腹巻きはカシミヤ製なんて言われてたりもしていて。

広田雅将●1974年、大阪府生まれ。腕時計専門誌「クロノス」編集長。腕時計ブランドや専門店で講演会なども行う業界のご意見番である。その知識の豊富さから、付いたあだ名は「ハカセ」。

広田 確かに、すごくお金がかかっていますよね。

安藤 第1回目は、そんな洒落者の寅さんが身に着けていた腕時計について、ですね。

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50年越しに、寅さんのセイコーとの再会

シリーズの初期作で寅さんが身に着け、2人を魅了した寅さんの「セイコー1965メカニカルダイバーズ」が、なんとこの冬復刻する。

セイコー プロスペックスと『男はつらいよ』がビームス ジャパンとのコラボレーションにより初の別注モデルとしてリリースされるのだ。限定300本、11月20日(金)に発売されるその時計は既に先行予約がスタートしている。

広田 寅さんの時計が復刻、これは大ニュースですね。

安藤 はい。セイコー プロスペックスと松竹、そしてビームス ジャパンの3者の本気になりましたね。

SSケース、39.9mm径、自動巻き、200m防水。48万円[300本限定]/セイコー × ビームスジャパン(ビームス公式オンラインショップ www.beams.co.jp

安藤 ただ今回は文字盤が黒。寅さんが着用した初代セイコーダイバーズはチャコールグレーなのですが、これについては広田さんはどう思われますか?

広田 これまでの復刻で黒というのはなかったので、個人的にはアリだと思います。オリジナルがリリースされた当時の広告を見たことがあるんですが、「男らしさを演出したい人もどうぞ!」そんなキャッチコピーが使われていました。

つまり、海に潜る人のためだけではなく、あくまで装飾品としてのダイバーズウォッチだったのではないでしょうか。

復刻された寅さんモデルは黒文字盤。専用ボックスに収められ、寅さんのスーツをイメージしたベージュの付け替え用ストラップが付いてくる。

安藤 確かに道具としてのダイバーズウォッチなら黒文字盤のほうがむしろ王道ですよね。視認性も高いし。

チャコールグレーは品が良いし、街でつかうには申し分ないけれど、ダイバーズウォッチとしてはむしろ珍しい存在。黒だとマッシブでキリッと精悍に見えるから、個人的にはけっこう好みです。

去年にもビームスと松竹で取り組んでさまざまな寅さんアイテムをリリースし、その中に時計もありましたが、松竹側はそれがとても楽しかったようです。今回も山田洋次監督自ら、車寅次郎のセリフを考えてくれたそうですから。

SSケース、39.9mm径、自動巻き、200m防水。48万円[300本限定]/セイコー × ビームスジャパン(ビームス公式オンラインショップ www.beams.co.jp

広田 「おれがつけているからってニセモノじゃないよ」。なるほど、いかにも寅さんが言いそうなセリフです。

今回のコラボのために、実際の映画ポスターにコラージュして特別に作られたポスター。

安藤 こうしたコラボって、いかにも企画モノっぽくなってしまうケースが少なくない。実物を見て夢から覚めるというか、興冷めするというか。でも、今回は本気度が違う。

広田 はい。だから、当然出来栄えも違う。

安藤 細部までよく作り込んでます。

裏蓋にはスペシャルロゴとシリアルナンバーを刻印。

広田 休日はいい加減でだらしない格好をしているのに、この時計を着けるだけでちゃんとして見える効果がありますよね。心当たりのあるオーシャンズ読者にもぜひおすすめしたいです(笑)。

安藤 あと、僕は寅さんが首から下げている、柴又帝釈天のお守りを復刻してくれたら言うことないんだけどなぁ。

広田 寅さんがしていたものと同じお守りはもう売っていないそうですからね。

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寅次郎も愛したディテールへのこだわり

安藤 僕が寅さんの作品をしっかり、第1作から観始めたのは40歳になってからなんです。実はそれまでちゃんと観たことがなかった。僕の周りにいる先輩たちはみんな寅さんを好きだというから、半分疑いながら観始めたというのが本音です。

すると不思議なもので、なんだかとても格好良く見えてくるんですよね。

安藤夏樹●1975年、愛知県生まれ。ラグジュアリーマガジンの編集長を経て、現在はフリーに。「SIHH」や「バーゼルワールド」を毎年取材し、常に自分の買うべき時計を探す。口癖は「散財王に俺はなる!」。

広田 それすごくわかります。寅さんは年中バカなことをやっている。でも、不思議とその立ち居振る舞いすべてが格好いい。座っていても、歩いていても、なんだか様になっているというか。

安藤 そうそう。

広田 その理由のひとつとして、僕は彼の腕時計が重要な演出をしていると分析しています。それが、今回復刻された「セイコー1965メカニカルダイバーズ」。150m防水性能を誇る、いわゆる本格機械式時計です。僕はこの時計が、寅さんと”社会とのつながり”、つまりある種の社会性を象徴していたと思うんです。

安藤 その時計の勇姿を確認するのに打ってつけなのが第5作『男はつらいよ 望郷篇』です。夏の物語なので寅さんもジャケットを脱いでる。だから、時計がよくわかります。

安藤さんが復刻を希望する柴又帝釈天のお守りを持つ手に、時計の姿がはっきりと写っている。

安藤 寅さんが着けている初代セイコーダイバーズは本来トロピックバンドが付いているわけですけど、そこをブレスレットに変更して着用していたところが、またぐっとくる。

広田 確かに、発売当時に装着されていたTROPIC(トロピック)と呼ばれるファブリック調のラバーベルトでは、寅さんの腕元には軽すぎる印象ですね。

安藤 寅さんがしていた時計の現物って見ました?

こちらが実際に映画の小道具として使われていた時計。

広田 いや、見てないです。

安藤 ケースや風防、ブレスレットに至るまで本当にボロボロなんですよね。僕はあれ、わざとボロボロにしたんじゃないかって思うんですよ。寅さんの人物像を踏まえ、武骨さやこなれ感を出すために。

広田 “生活感”というリアリティに徹底的にこだわり抜いたんですね。寅さんの映画の中で使われている時計は、ホントに考えられている。

桂梅太郎演じるタコ社長が着けていたのは確か、シチズンの「クリスタルセブン」という時計だったと思いますが、これは風防に国産初のクリスタルガラスを採用した、デイデイト表示が付いているものです。

安藤 寅さんとの掛け合いに気を取られ、タコ社長の腕元までは目が行き届いていなかったです(笑)。

広田 その時計は当時の中小企業を経営するオヤジたちに愛されていた時計です。このあたりにもリアリティを追求する、山田洋次監督やスタッフのこだわりが見て取れますよね。

安藤 実は僕は今日、寅さんにオマージュを捧げるために、ダボシャツ風のを着てきたんですよね。

広田 ホントだ! 言われて気付きました。ダボシャツって今でも売ってるんですね。

安藤 祭り用品店などで販売されていますよ。このシャツはあくまで“風”で、実際はマウンテンリサーチのだけど(笑)。広田さんもダボシャツを着たほうがいいんじゃないですか?

広田 またそんなこと言って(笑)。

安藤 というわけで、「映画と腕時計の親愛関係」について紐解く第1回目はいかがでしたでしょうか。

広田 車寅次郎という男について、改めて理解できるいい機会となりました。そして寅さんという人物は、確かな格好良さを備えた男だということを実感しました。

安藤 そうなんですよね。寅さんの格好良さは、ある一定の年齢になって初めてわかる格好良さとでもいうんでしょうか。

広田 時計を切り口にして作品を違う角度から楽しむ。楽しいですね。次は誰について話しましょうか?

 

第2回目をお楽しみに!

「時器放談」とは……
マスターピースとされる名作時計の数々。毎回、こだわりの1本を厳選し、そのスゴさを腕時計界の2人の論客、広田雅将と安藤夏樹が言いたい放題、言葉で分解する。上に戻る

鳥居健次郎=写真 安部 毅=文

# セイコー# フーテンの寅# 時器放談# 時計# 男はつらいよ
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