37.5歳の人生スナップ Vol.95
2019.11.19
LIFE STYLE

元日本代表が誇るラグビーマインド「“誰かのために”が結局は自分のプラスになる」

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現在、ラグビー解説者として活躍する大西将太郎さん(40歳)。1999年、22歳のときに初めて日本代表に選出された大西さんだったが、その後は代表から遠のく日々が続く。

2003年W杯での同世代の活躍を見て、悔しい気持ちはさらに募った。そこで大西さんはオーストラリアにラグビー留学。クラブチームに所属し、そこで改めてラグビーを見つめ直すことにしたのだ。

「当時は海外チームと試合する機会自体が少なかった。海外でプレーしてみて自分が今までいかに小さい世界のなかでラグビーを見ていたか、痛感しました」。

異国の地で学んだこと、それは現在の日本ラグビーの合言葉「ワンチーム」にも通ずる精神だった。

「海外では選手同士がしっかりコミュニケーションを取らないと、そもそもパスがもらえない。そこで初めて、『自分は日本で甘えていたかもしれない』と気づきました。ラグビーではまず、仲間に認めてもらうことが第一だったんです。体を張ったタックルを見せて、自分が仲間を信じれば仲間もそれに応えてくれる。信頼のもとにプレーすることの大切さを、コミュニケーションが難しい状況下だからこそ強く感じたんです」。

今年の日本ラグビーの躍進も、異なる文化や背景を持ちながらも互いをリスペクトし、勝利に向けてチームが一丸となって闘う姿勢が呼び込んだ結果だった。選手間の信頼の重要性を痛感し帰国した大西選手は、2007年に再び日本代表に選出された。

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14試合ぶりの敗戦ストップ

2007年当時のラグビーW杯といえば、日本代表は1995年大会から敗戦を続けていた「負の時代」。だからこそ、自身の手で日本を勝利へ導きたいという想いは強かった。しかし、世界の壁は厚い。初戦はオーストラリアに大敗し、開幕から3戦連敗。

そんな状況で迎えたカナダ戦、試合終了間際に大西さんのコンバージョンゴールが決まり同点。W杯における日本の連敗記録を見事ストップさせた。当時の心境を大西さんはこう振り返る。

「僕がキックで14連敗を止めた感じになっているけど、そもそもあのキックをもらえるチャンスがなければ僕も決められなかった。ラグビーはトライやキックのチャンスが生まれるまでの過程が大事なんです」。

2007年のW杯、カナダ戦で同点となるコンバージョンゴールを決めた大西さん

ラグビー独自のルールであるキッカーは、会場中の視線を一身に集める存在。そのプレッシャーは計り知れない。

「そのときに思ったのは、今この瞬間どうやっても『結局自分がやってきたことしか出せない』ということ。外れればそれが自分の実力だし、入れば今までやってきたことが間違っていなかったと思えるだけ。ラグビーに『たられば』はない。そう覚悟を決めた瞬間に歓声も何も聞こえなくなって、ボールを蹴っていました」。

ボールをセットして蹴り上げるまでの、心を整える数秒間。大西さんの中には静かな覚悟があったのだ。

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現役引退の葛藤

幼い頃からラグビーに人生を捧げ続けている大西さん。これまでラグビーが嫌になったことはなかったのだろうか。そうたずねると、「練習とかは好きなことだしまったく辛くなかったけど……、いちばんしんどかったのは引退を決めたあとですね」と静かに答えた。

今から3年前、37歳で現役引退を決意。ラグビー選手としては長いほうだったが、それでも辞める実感はわかなかった。

「ラグビーをしながら死んでいくと勝手に思っていた。僕は死ぬまでラグビーをやる、できる。そう思っていた。それぐらい自分にとってラグビーは人生のすべてでした。怪我は増え、いつか身を引かなければいけないことも薄々気づいてはいた。それでも辞めると決めたときは、『この先どうすればいいんだろう』と落ち込みました」。

小学3年生から毎日のように練習し、仲間と体をぶつけ合ってきた。それだけ情熱を注いできたものがなくなるときの喪失感はどれほどのものだろう。引退後、大西さんは同志社大学のコーチに就任するも、現役選手としてプレーできないことへの複雑な思いは残り続けた。

年齢なんてただの数字

しかしそんな大西さんを救ったのが、今回のW杯だ。

「僕が復活できたのはまさに今回のW杯のおかげです。日本代表の試合を見ていて思ったのは、『こいつらW杯のためだけに戦っているんじゃないな』って。日本ラグビーの未来をかけて責任感を持って戦っているからこそ、これだけの力を発揮できているんだと。僕も負けてられないなと思いました」。

「ワンチーム」で闘った日本代表の姿に勇気をもらったのは、ほかならぬ大西さん自身だったのだ。自国開催での1カ月半は感動の連続で夢のような時間だったという。

「ラグビーで国がひとつになる瞬間に立ち会えて、スポーツの持つ力を改めて痛感しました。だからこそ今後もスポーツの、ラグビーの魅力を伝えていく仕事がしたいですね」。

ラグビーを一過性のブームで終わらせたくない。現役時代のような熱い思いを取り戻せたのは、W杯のおかげだった。そんな大西さんは現在、立命大学のバックスコーチとして活躍するほか、ラグビー解説者としての仕事やメディア出演などをこなし、ラグビーの魅力を多方面に伝えるべく多忙な日々を送る。今回のW杯の開催前に、著書『ラグビーは3つのルールで熱狂できる』(ワニブックス)を上梓したのも、ラグビー界を盛り上げる取り組みの一環だ。

大西さんの著書「ラグビーは3つのルールで熱狂できる」(ワニブックス)。ラグビー観戦のポイントをわかりやすく解説した“にわかファン”にもおすすめの1冊。

「ラグビーって“誰かのために”っていうスポーツなんですよ。痛いスクラム組んでも、顔上げたらほかの選手がトライをとってくれている。スクラムの活躍はあまり評価されない。でもひとつひとつの“誰かのために”が勝利を生むし、結局は自分にとってもプラスになる」。

大会来日中の海外選手が台風被害に苦しむ地域の災害ボランティアに参加するなど、ラガーマンの真摯な振る舞いも話題になった2019年のラグビーW杯。何かのために、誰かのために。そんなラグビーマインドに大西さんは今も支えられている。

「40歳前後って、いろいろ考える時期だと思うんですよ。僕が昔落ち込んでいたときに外国人選手によく言われたのは『age is only a number』。年齢なんてただの数字、という言葉です。できないことが増えても、学び続ける意欲を失ったら成長は止まってしまう。年齢なんて気にせず、夢中になれることを探し続けたい。僕はいくつになってもラグビー少年でいたいんです」。

幼い頃、花園ラグビー場で一心に目の前の戦いを見つめていた瞳の輝きを、大西さんは忘れていなかった。

 

藤野ゆり(清談社)=取材・文 小島マサヒロ=写真

# 37.5歳の人生スナップ# ラグビー# 大西将太郎# 日本代表
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