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2018.09.15

たべる

人気パン店「365日」。杉窪章匡のパンは、なぜこんなに美味いのか


OCEANS’s PEOPLE ―第二の人生を歩む男たち―
人生の道筋は1本ではない。志半ばで挫折したり、やりたいことを見つけたり。これまで歩んできた仕事を捨て、新たな活路を見いだした男たちの、志と背景、努力と苦悩の物語に耳を傾けよう。『365日』は、東京都渋谷区の私鉄沿線にある人気のパン屋さん。特筆すべきは「世界一である」という点だ。ギネスブックには載っていない。だが店主の杉窪章匡はサラリと言う。「僕のルールでは世界一です」。
ニコニコしている。『365日』が開かれたのは、20年以上菓子職人の修行を経た店主40歳のときなのであった。

「365日」というパン屋さんについて
「365日」は小ぢんまりとした店だ。最寄りは東京メトロ代々木公園駅と小田急代々木八幡駅。原宿駅からも新宿駅からも約5分という立地の住宅街にある。引き戸を開くと、正面にコの字型のカウンター。目の前に食パン類の棚、左手にはお惣菜パンのカウンターが奥へと続き、右手にはイートインのコーナー。売り場面積約10坪、奥にはパンを焼く厨房が約10坪。1日約60種のパンが供され、開店の朝7時から客足が途絶えることはあまりない。
パティシェとして活躍し、フランスでも修行を積んだ杉窪さんが、キャリア20数年目にしてパン屋さんを開いたいきさつはのちに記すとして、まず「365日」とパンについてお伝えしたい。

上段左のパンは「365×食ぱん」。北海道産の「ゆめちから」と福岡産の「みなみの穂(かおり)」、2種類の小麦粉をブレンドし、水で仕込んだ食パン。北海道産の小麦粉の甘みを生かしながら、パンとしてのまとまりを意識して福岡産と1:1で混合してある。これ以外に「北海道×食ぱん」「福岡×食ぱん」があり、前者は北海道産の小麦粉に北海道産のバターと牛乳を合わせたリッチな味わい。後者は福岡産の小麦粉に福岡産の生クリームで作る山型のハードトースト系。
ちなみに上段右は「セイグル30」。ライ麦粉を30%入れた、ほのかに酸味がありサンドウィッチにぴったりのパン。ライ麦の含有パーセンテージを変え、軽めのチーズに合うように仕上げた「セイグル40」や熟成したチーズと赤ワインにマリアージュする「セイグル70」なども作っている。
実はここで売られているパンたちは、日本で広く採用されている“正しいパンの作り方”には則っていない。
「それは、パンをおいしく焼く方法じゃなくて、失敗せずに焼く方法だから」。
日本に広く伝わっているパンづくりの方法は、「しっかりこねてしっかり発酵させて粘り気を出し、大きく膨らませること」が重視されているのだという。それは、杉窪さんの見立てでは、戦後、日本にパン作りが広まったときの「大きくて見栄えのいいパンを焼く」という価値観がそのまんま残っているのではないか、と。
杉窪さんは、国産の小麦粉だけを使ってパンを作る。味や香りに個性があり、生産者の顔が見え、農薬の面などでも安全だからだ。だが、旧来の日本のパンづくりの方法は、小麦粉の味を殺してしまうものだった。しっかり発酵させると小麦粉のデンプンが変質して甘味が減り、大きく膨らむことで味は薄まる。粘りが出て、邪魔な歯ごたえが生まれてしまう。
目指したのは「新鮮・フレッシュ」で「素材の味を活かした」パン。食べ物の業界では非常によく耳にするコンセプトだが、実は、ことパンの世界においては稀だ。


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