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2018.08.09

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ガンと闘いながら夢を追いかける男、宇留野純(37)の後悔しない生き方【後編】

前編の続き。

転移の恐怖と戦った1年

宇留野は、医師の言う通り、月2回の検査は行ったが、プレーをするうえで、体力面での支障は感じなかったという。むしろ、大きな変化が現れたのは精神面だった。

「少し体調が悪くなればガンのせいじゃないかって疑って、すぐに検査をしに病院に行きました。熱い風呂に入ったほうが良いと聞けば、すぐにそうしましたし、漢方薬が良いと聞けばすぐに試してみた。今考えれば正解じゃなかったかもしれないけど、何かをしていないと安心できなくて、とにかく何かにすがるような想いでした。一時は錠剤を毎日30粒も飲んでいるような状態でした。精神的にはかなりきつかったですね」。
それでも、サッカーをしているときだけは転移の恐怖を忘れ去ることができた。プレーできる喜びを噛み締め、サッカーに対する貪欲な姿勢を取り戻した宇留野は、この年のリーグ戦で、自身のキャリアハイとなるリーグ戦9得点をマークし、JFLの年間ベストイレブンに選出されるほどの目覚ましい活躍を見せる。
すると、宇留野のもとには再びJリーグの複数クラブからオファーが届いた。
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運命の悪戯

再び舞い込んだチャンス。それは、1年間転移の恐怖と戦いながらも、目に見える結果を残すという決意でサッカーに取り組んで来た宇留野へのご褒美でもあった。
だが、ここでも宇留野には、大きな試練が与えられる。非情にも、月2度の腫瘍マーカーの数値が2回連続で上昇し、ガンが転移した可能性が高いことを担当医から告げられたのだ。治療には短くて半年、長ければ1年の入院が必要ということだった。とうとう運命の日が来てしまったことを悟った宇留野は、このときFC東京のコーチをつとめていた恩師の長澤徹に、電話で転移の報告をした。
「徹さんに電話したら、翌朝に、FC東京の練習を休んで、わざわざ新幹線に乗って浜松まで会いに来てくれて、そこで転移の報告をしました。転移したらサッカーを辞めるという覚悟で1年間頑張ってきたことを伝えると、“治療が終わったら、一緒にゆっくりドイツワールドカップを観よう”って言ってくれて。そのとき、なんか肩の荷が下りたような気がして、吹っ切れたんです」。
こうして運命を受け入れ、精神的な重荷から解放された宇留野だが、この直後、念のためチームのドクターが予約してくれたセカンドオピニオンを利用して、国立がんセンターの専門医の意見を聞くと、再び宇留野の運命は覆る。まだ転移と決めつけるのは早いというのだ。宇留野の未来に一気に光が射し込んだ。
「まだこの数値では転移したとは言い切れないから、もう少し様子を見てからでも遅くはないって言われたんです。すぐにオファーをくれたヴァンフォーレ甲府に、自分の病気のこともちゃんと話をして、それでも獲得してくれることになりました。その年の開幕戦をスターティングメンバーとして入場したときは、それまでお世話になった人のことや病のことなど、いろんなことが頭の中をよぎって涙が止まりませんでした」。
運命に翻弄されながら、やっと辿り着いたJリーガーになるという夢。そして、自らの努力で掴んだJリーグの開幕戦という夢舞台。そこで、言葉に出来ない想いが自然と溢れ出した。

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