37.5歳からの愉悦 Vol.161
2020.09.10
FOOD&DRINK

御徒町の居酒屋で、コロンビア人の看板娘が日本酒に精通していた

「看板娘という名の愉悦」とは……

ラテンアメリカではブラジル、メキシコに続いて、第3位の人口を誇るコロンビア。昭和初期からコーヒー農園などで働く日系移民が増え、現在も多くの日本人が暮らしている。

今回は、そんな国からやってきた看板娘を訪ねた。

JR御徒町駅から徒歩1分の居酒屋「まつうら」。
JR御徒町駅から徒歩1分の居酒屋「まつうら」。

階段を下りる。途中に販売用のスタッフTシャツが飾ってあった。

2000円でスタッフ気分に浸れる。

広い店内には、くだんの看板娘の姿。

総席数88席でテーブルの個室もある。

こちらの看板娘は日本酒が大好きで、季節ごとに入れ替わる“旬酒”の仕入れも担当しているそうだ。

現在のラインナップ。

和歌山県の銘酒「紀土(きっど)」を勧められた。「フルーティーで日本酒が苦手な方も飲みやすい味です」。グラスで480円。いただきましょう。

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看板娘、登場

「お待たせしました〜」。

キンテロ・アンジーさん(25歳)。なんと、店長を任されていた。

「ボゴタとメデジンの間にある『ラ・ドラダ』という田舎町で生まれました。ママが日本人と再婚したのを機に日本に移住して、私も6歳のときにこっちに来たんです。だから、日本語もぺらぺら(笑)」。

さて、料理も注文しよう。

エレベーター?

「どこかの方言で厚揚げのことをそう呼ぶみたいです。今日はサンマも脂が乗っていてお勧め。あ、最後の1尾ですよ〜(笑)」。

というわけで、注文したのは「エレベーター」(380円)、「新サンマの塩焼き」(480円)、「あじのなめろう」(580円)。

美味しい日本酒に合うラインナップが揃った。

アンジーさんは、とにかくよく笑う。底抜けに明るい看板娘は業界で噂となり、『日本外食新聞』にも取材された。

「外食LOVEのラテン娘」。

彼女が生まれ育ったラ・ドラダは夏が暑く、気温も平気で40度を超えるという。しかし、東京の湿った暑さのほうがキツいそうだ。5歳の頃の写真を見せてもらうと、なぜかショベルカーに乗っている。乗り物好きの女の子だったのだ。

「田舎なので、こういうのは普通に置いてあります」。

コロンビアの食事情についても聞いてみた。

「主食はご飯とアレパ。アレパというのはトウモロコシ粉でできたパンです。家庭によって薄さが違います。ママが作るアレパは平らでしたね」。

これはなかに肉やトマトなどを詰めたケバブ風のアレパ。

豆料理も好まれている。

「豆を煮込んだスープにじゃがいも、玉ねぎ、にんじんなどを入れる料理もコロンビア人が大好きな一品です」。

日本人の舌にも合うのではないだろうか。
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アンジーさんたちが暮らしたのは北区の東十条。右も左も、そして言葉もわからない状態で日本の小学校に放り込まれたわけだが、持ち前の社交性を発揮してすぐに順応した。中学校では野球部のマネージャーに立候補する。

「好きな男の子がいたから(笑)。スケッチブック? あ、スコアブックか。あれも頑張って勉強しました。でも、難しい。三振の時に『K』って書くのがやっとでした」。

高校生活も満喫する。

「中学卒業後の春休みに5年ぶりにママとコロンビアに帰ったんです。結局、4月いっぱい滞在してGW明けに初めて登校しました。クラスでは『アンジーってどんな子なんだろう』って話題になってたみたいで、教室に入ると人だかりができちゃって(笑)」。

その際に“代表”として声をかけてきた「ミナちゃん」は生涯の大親友になる。高校最後の誕生日もサプライズで祝ってもらった。

向かって左隣にいるのが「ミナちゃん」。

ここで、アンジーさんのママが登場。お腹が空いていると思い、たこ焼きを差し入れてくれたのだ。

「さっき携帯で話していて、私は『バーガーキングかモスバーガーがいい』って言ったんです。でも、近くになかったみたいで、たこ焼きになりました。たこ焼きは断然、この銀だこ派です(笑)」。

「化粧も何もしてないのに〜」と照れるママ。

アンジーさんとの思い出はありますか?

「うーん、小1か小2の頃に先生に呼び出されましたね。教室でシャツをまくって、お腹をくねくねさせるダンスを披露したみたいです。『授業中はやめてほしい』って(笑)」。

この店は16歳の頃からアルバイトを始めて現在9年目。「常連さんは自分の親戚みたい」と語る。一方、常連さんからは「明るい接客が気持ちいい」「こんなおじさんもハイタッチで迎えてくれる」などの声があがった。

「わさびが効いたポテサラも美味いから頼んだほうがいいよ」とも。

2年前から店長を任されているアンジーさんだが、コロナを境に仕事に対する姿勢が変わったという。

「お客さんが戻りつつあるとはいえ、7月の売り上げは前年比40%。限られた時間での接客やトークの内容を濃くして、常に『今日が勝負』という気持ちで働いています」。

予約してくれた人には直筆のメッセージカードを渡す。

近い将来は自分のお店を持ちたいというアンジーさん。ここのSNSなどをチェックしていれば、最新情報を入手できるかもしれない。

インスタフォローで1杯サービス。

よし、日本酒をお代わりしよう。「さっきのとはちょっと違う感じで」と伝えると、持ってきてくれたのは長野の「明鏡止水」。

超辛口だが、同時にコメの旨味も感じられるという。

「初めて日本酒を飲んだときは『変わった味だな』と思ったんですが、ここで働くうちにすっかりハマりました」。

グラスで430円。

最後に、好きなスペイン語を聞いてみた。しばし考えた末の回答は「La vida es Hermosa(ラ ヴィダ エス エルモサ)」。「人生は美しい」という意味だそうだ。そう、人生は美しい。そして、アンジーさんの手首に入っているタトゥーも美しい。

「ライオンと王冠です。私、ネコ型の動物が大好きで。あ、ネコ科? 王冠の下の文字は『One Life』。一度の人生、です」。

百獣の王と王冠、どっちも「王」つながりだ。

ごちそうさまでした。読者へのメッセージをお願いしますね。

スペイン語は「いらっしゃいませ! 皆様のご来店をお待ちしてます」。

 

【取材協力】
まつうら
住所:東京都台東区上野3-23-11 松田ビルB1F
電話番号:03-3832-9922
https://matsu-ura.gorp.jp

 

「看板娘という名の愉悦」Vol.118
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。
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石原たきび=取材・文

# まつうら# 御徒町# 看板娘
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