37.5歳からの愉悦 Vol.156
2020.08.06
FOOD&DRINK

茅場町のおばんざい割烹で、看板娘が作る“おわん料理”に宇宙を見た

「看板娘という名の愉悦」とは……

日本橋茅場町。東京駅へは徒歩圏内で、証券会社が林立するいわゆるオフィス街だ。そんな街にも看板娘はいる。

日本橋茅場町。東京駅へは徒歩圏内で、証券会社が林立するいわゆるオフィス街だ。店の名は「煮炊きや おわん」。
ビルに埋め込んだかのような店構え。

店の名は「煮炊きや おわん」。おばんざいとおでんが売りの割烹居酒屋だ。

こちらのかわいい看板が目印。
「夢への扉」の一歩手前という好立地。

なかを覗くと、早い時間帯にも関わらず盛り上がっている。

10人で満席というこじんまりとした仕様。

カウンターに座ってドリンクメニューを見る。日本酒に力を入れているようだ。

「純米酒を中心に、常時8〜10種類を置いています。お料理がさっぱりめなので日本酒はがっつり純米が合うんです」。

「若手杜氏を応援したい」というラインナップ。

看板娘に高知の「文佳人」を勧められた。文の佳人とはすなわち、文芸に秀で、教養にあふれた美人の意。グラスは550円。いただきましょう。

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看板娘、登場

「お待たせしました〜」。

店長の渡部 翠さん(29歳)だ。2年半前にアルバイトとして入店。今年5月には社員となり、お酒のセレクトと料理メニュー全般をすべて任されるようになった。

「コロナ前のタイミングで体調不良で店長が辞めちゃって。この店を守らなきゃという思いで引き受けました」。

店構えについても聞いてみると「ここは元ガレージなんです。だから、ちょうど車1台分のスペースになっています」。なるほど。

料理メニューの筆頭にはおばんざい。旬の野菜と優しい出汁を使っている。

迷った末に注文したおばんざいは「ひじきとオクラの梅和え」「人参のゆずこしょう炊き」(ともに520円)。この日は土用の丑だったので「うざく」(680円)も追加。さらに、お通しのおわん(500円)が添えられる。

酒が進まざるを得ない顔ぶれ。

それにしても、どの料理も上品かつ美しい。おわんの宇宙には茄子、南瓜、ししとう、鶏モモの揚げ焼きが収まっていた。夏野菜たっぷりだ。

細やかな仕事ぶりが見て取れる。

器はオーナーが合羽橋で買ってきたものだという。

下段はお酒を引き立てる琉球グラス。

カウンターのなかには、息の合ったアルバイトで「おわん」歴4年のきみ江さん。翠さんはどうですか?

「見ての通り、かわいいでしょ。でも、何気に芯は強いのよ。うちの娘とほぼ同い年だから、悪い虫が付かないように見張らなきゃ(笑)」。

盤石の2人体制でお客さんを迎える。

翠さんの出身地を聞いて驚いた。

「赤坂です。祖父が料亭をやっていまして。1970年代に閉めたみたいですが。赤坂小学校時代は男の子たちと近くの公園でセミ捕りやザリガニ釣りをして遊んでいました」。

セミの抜け殻を家に持ち帰ったところ、母親が激怒。それ以降は公園で「さよなら」をしていたそうだ。

小学校の鎌倉遠足。赤い服でメガネをかけているのが翠さん。

赤坂中学に進学すると技術家庭部に入部。自由な雰囲気だったので、部員たちとクレープやたこ焼きを作っていた。

「この頃から料理が好きになったんです。同時に母親と都内の料理教室に通い始めました。いろんな料理を作りましたが、どら焼きとか生菓子がいちばん楽しかったですね」。

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大学卒業後は派遣会社に就職。旅行会社の経費計算や教育系事業の事務局など、さまざまな仕事を経験した。そして、現在は毎日変わるおばんざいメニューを考える生活となった。

なお、お酒が大好きな翠さん。最近嬉しかったのは炭酸水メーカーを買ったこと。

「割り物とキンミヤ焼酎を買えば、おうちが居酒屋になります。RPGゲームをやりながらお酒を飲む時間は最高ですね。あ、缶やペットボトルのゴミも減りました」。

家飲みはもちろん、ホームパーティーでも活躍しそう。

充実した就寝前の時間を過ごしたあとは、翌日に備えて就寝。翠さんには「寝るときは何かを抱っこしていないとダメ」という一面もある。

「枕がどうもしっくりこなくて。長年のお気に入りはディズニーツムツムの『ドナルド』です」。

年季が入っているのがよくわかる。

店内の本棚には飲食店ではおなじみ、『dancyu』のバックナンバー。中でも鯛のお造りを解説したページは参考になったそうだ。

平造り、松笠造り、そぎ造り、すべて切り方が異なる。

面白かったのは翠さん、話している最中に時々、指をポキポキ鳴らす。

「あっ、中学生ぐらいからの癖なんです。指が太くなるよって言われますが、今のところ大丈夫です(笑)」。

無意識で鳴らすのはリラックスしている証拠と捉えたい。

とにかく、居心地が良い。日本酒のお代わりをお願いします。

「秋田の山廃純米酒、『雪の茅舎』はいかがでしょう。父が秋田出身で、これ私大好きなんです」。

鳴らした指でお酒を注ぐ。

グラスで550円。もうひとつの定番だというおでんも注文したい。大根(210円)、こんにゃく(190円)、そして、どちらも聞いたことがない「深川揚げ」(390円)と「にくらし揚げ」(410円)も気になる。深川は隅田川を渡ったすぐ先の街だ。

美味しいものを少しずつ飲み食いできるスタイル。

「『深川揚げ』にはアサリとネギが入っています。『にくらし揚げ』はニラ、キクラゲ、シイタケの文字を取っていて、練り物屋さんいわく『憎らしいほど美味しい』という意味もあるそうです」。

元ガレージの店で和のドライブを楽しんだ。翠さん、お会計をお願いします。

1号店の「おはしkitchen」、新店舗の「おかげ」もよしなに。

最後に読者へのメッセージをお願いします。

毎日通っても飽きを感じさせない店です。

 

【取材協力】
煮炊きや おわん
住所:東京都中央区日本橋茅場町2-5-11
電話:03-3669-2888
https://ga9x511.gorp.jp

 

「看板娘という名の愉悦 Vol.113」
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。
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