乗りたかったのは、キブンが乗るクルマ Vol.263
2021.07.24
CAR

「空飛ぶ車が出るまで乗り換えない」100万km以上走っているワーゲン・ビートル

俺のクルマと、アイツのクルマ
男にとって車は名刺代わり。だから、いい車に乗っている人に男は憧れる。じゃあ“いい車”のいいって何だ? その実態を探るため「俺よりセンスいいよ、アイツ」という車好きを数珠つなぎに紹介してもらう企画。


■23人目■
ヒロセガイさん(47歳)

アーティスト。全国の芸術祭で、作家として、また企画・制作者として参画している。

現在アートディレクターとして携わる「すみだ向島EXPO 2021」(10月1日〜31日)の準備のほか、関西では古い廃墟のマンションをアート作品に仕上げるため奮闘中。尼崎と東京でネパール料理店も経営する。Facebook:www.facebook.com/guy.hirose


■フォルクスワーゲン ビートル■

フォルクスワーゲン ビートル

ヒトラーがポルシェ博士に依頼して開発したドイツの国民車。終戦後工場を見た連合国側が「この車はドイツの復興に欠かせない」と名前を「フォルクスワーゲン(国民車)」として製造販売した。

のちに同車をベースとしたワゴンやバン、トラックなどたくさんの派生車が作られている。同車は「タイプI」とも、最大の市場であったアメリカでの愛称「ビートル」とも呼ばれている。


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ビートルは、自分の一部

アーティストのヒロセガイさんにとって、この1974年式のビートルは自分の一部でもあるという。

ビートルの屋根に大きな丸太などを載せて移動する姿そのものが、アーティストとしてのパフォーマンスであり、この車で全国の芸術祭に出掛ければ「あ、ヒロセガイさんがいる」となるからだ。

このビートルと同じく1974年生まれのヒロセガイさん。出合ったのは芸術大学に通っていた19歳の頃。

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「大学の近くのスクラップ屋みたいな中古車販売店で見つけたんですよ。よく車を高いところに上げて看板みたいにしているお店、あるでしょ? スバル360と一緒にこの車が上げられていたんです」。

それを見てすぐに「1974年式だ!」と分かったという。「バンパーとかウインカーとか、まぁいろいろ違うんですよ」。ビートル好きはそういった細かな違いから瞬時に年式までわかるようだ。

「前に信号待ちをしていたら、バイクに乗ったアメリカ人がスーッと横に並んで、声をかけてきたんです。窓を開けたら『1974年式か?』と聞かれたので『そうだ』と答えると、ニヤリと笑って親指を立てていました(笑)」。

自分で車検を取ることを条件に格安で購入した1974年式ビートル。それから約30年近く、この車ひと筋だ。

アーティストとして全国の展覧会を駆け回り、最近は月1回以上東京と大阪間を往復しているため、既に100万km以上は走っているという。

「メーターは10万kmでゼロになるのですが、それを10回数えました。購入前は知らないので、それ以上走っていることになりますね」。

フロントフードのエンブレムが外れたので、手持ちのオブジェをはめてみたら、ピッタリはまった。

東京と大阪を往復するようになったのは10月1日〜31日に墨田区向島で行われる予定の芸術祭「すみだ向島EXPO 2021」の準備のため。

「もともと向島の界隈は若いアーティストが多いんです。家賃が安くて、しかも内装を自由に変えたりできる。僕も古民家を一軒借りて、作品としてネパールレストランに改装しました」。

昨年も行われたすみだ向島EXPO。コロナ禍で地方に移動できないアーティストが、ならば自分たちが住む東京でやろう、ということがスタートのようだ。

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カーデザインの完成形

これまでにエンジンは3回、トランスミッションは2回載せ替えたという。

「昔は、だいたい関西のヤナセに入れていました。ヤナセの修理は『壊れたから直す』のではなく、『壊れないために直す』なんですよ」。

だから100万kmを超えても東京と大阪を往復できるほど、ビートルは元気。

この日の旅のお供は「むーさん」。これまで何度か保護犬を引き取ることがあり、現在3〜4匹飼っているそう。

ヒロセガイさんがビートルを初めて知ったのは小学生の頃。たまたま先生のひとりが通勤で使っていたそうだ。

「当時、ドイツっぽい、ミリタリー系のものが好きだったんです」とちょっとませた小学生だったらしい。ヒトラーがポルシェ博士に作らせたとか、そういう時代背景を知るほどに好きになり、中学生になる頃にはもう買うと決めていたそうだ。

もちろん車自体が好きなので、ほかにもカッコいいなと思う車もあったという。「けれど車のデザインとしてはビートルが完成形なんです」。

ドライブ中はもっぱらスマホの音楽をブルートゥーススピーカーに繋げて聴いている。

「もしも小さい頃に読んだSFマンガのように、タイヤがなく空中都市に飛んでいく、なんてくらい車が進化したら、ビートルが完成形とは言えないですよ。

けれど電気自動車になろうが、自動運転化されようが、タイヤのある車としては、特にエンジンやモーターを後ろに積んで後輪を動かす車としてはビートルが完成形、最終形だと思っています」。

1974年式は3点式のシートベルトがないそう。後席に見えるのは父親が拾ってきたシカの頭部の骨。兵庫の実家近くの山にはよくシカがいて、骨もたまに見つかるのだとか。

また、アーティストとして活動するうえでもビートルは理想的だとも。

「タイプII(ワーゲンバス)だと、作品を載せても単に荷物として運ぶ車になってしまう。シトロエンの2CVやルノーのキャトルもいいけれど、ビートルのほうがルーフの上にいろんな荷物を載せられる。いろんなことを考えると、これしかなかったんです」。

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EVの時代になったら、電動化して乗り続ける

これまで大きなトラブルと言えば、10年ほど前に事故でボンネットが大きく凹んで板金修理をしたぐらい。

「あれ?っと思ったら線が抜けていたり」といったマイナートラブル以外は、ヤナセの修理によって防がれていた。

「けれど、最近修理をお願いしにくくなりました」。

本来1974年式はビッグバンパーと呼ばれるタイプだそう。それをシングルバンパーに変更している。

現在47歳のヒロセガイさんが19歳の頃からお世話になっていたヤナセで、担当のメカニックさんがつい最近引退してしまったのだ。

それでもビートルを持っていくと、わざわざ引退したその人を呼んでくれるのだという。「申し訳ないなと」最近は、同世代の営む各地のビートル専門店でお世話になっているそうだ。

ビートルのパーツはたくさん流通しているから、今のところ修理やカスタマイズにあまり困ることはない。リプロダクト品もたくさんある。100万kmを超えてもまだまだ現役で活躍できる。

キャリアに丸太やソファ、階段…… とあれこれ載せて走ること自体も、アーティスト活動の一環。

この先もずっとこの車に乗り続けるんですか?と尋ねると、案の定「そうですね」と答えた。

「いざとなれば電気自動車にしたっていいんです。今ならビートルの電気自動車化のパーツも出ているし。それに僕の生き方として、車をコロコロと変えるのは、何か違うかな」。

車が空を飛ぶまでは、ヒロセガイさんはビートルとともに走り続けるのだ。

鳥居健次郎=写真 籠島康弘=取材・文

# ビートル# フォルクスワーゲン#
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