新幹線でGAKUに通う若者の「切実さ」。切実さに向き合う場の希少性
編集部 GAKUで学んでいる若者は、好奇心旺盛で学習意欲が高い気がしています。実際、若者たちはどのようなモチベーションで授業を受けているのでしょうか?
熊井さん モチベーションは色々なパターンがあると思いますが、「切実さ」に突き動かされてGAKUで学んでいる方が多い気がします。
編集部 「切実さ」とは、どういうことでしょうか?
杉田さん 例えば、僕が立ち上げを担当したヘアメイクの授業は、関西から新幹線で通っている男の子がいました。彼は当時中学生でメイクが好きだったのですが、自分が暮らす街や学校では共感されない感覚を抱いていたようです。授業は2週間に1回の頻度で実施していて、毎回上京して参加していました。
杉田さん クラスでは、同じ興味を持つ近い年齢の方々と出会い、それも後押しになり、彼は自分の世界観を思いっきり表現してくれました。その後、クラスを通じて、ファッションにも興味を持ったようで、現在は東京に引越してヘアメイクやファッションを学べる高校に通っています。
あとは、演劇のクラスに通っていた子の中には、「学校の演劇部に所属していたけど、つまらなくてやめました」と話す子もいました。表現したいことを実現する場所がない、探しているという若者は少なくないですね。GAKUの授業自体は半年程度で計画していますが、GAKUで繋がった縁で、卒業生が劇団を立ち上げるという嬉しいニュースも出てきています。
「贅沢貧乏」主宰の山田由梨さんを講師にお迎えした講義「新しい演劇のつくり方」(2022年)の様子。講義の後、クラスから生まれた劇団は、公募型演劇ショーケースにも参加した
編集部 GAKUの存在価値がよく分かるエピソードですね。同時に、日本の社会の画一性や、都会と地方の機会の不均衡が顕在化したエピソードのようにも思えるのですが、いかがでしょうか?
熊井さん 日本社会の画一性という問題はずっと言われてきた話ですよね。実際にそういう側面はあるのだと思います。ただ、それを鬼の首を取ったかのように、ことさら取り上げたいという気持ちはありません。
「切実さ」というのは、本人にとってそうせざるを得ないというもので、私は結構ポジティブな意味で使っています。と言うのも、その「切実さ」をポジティブなものに昇華していくことが、教育や藝術と呼ばれているものの領域の営みがあることの意味や意義であるように思いますし、人それぞれみんなが持ち合わせているものだとも感じています。
また、体験機会の不平等というものも関心があるテーマです。GAKUとしては、できるだけ受講料を安価にしていたり、強い意欲さえがあれば無償になるという特待生のような制度もクラスによっては設けたりしています。
また、オンラインでの取り組みも展開してきました。そういったことを前置きしつつ、ここまで便宜上、講師のことをクリエイターという言葉をつかってきましたが、創意工夫をしてさえいれば、みんながクリエイターであるとも言えると考えています。クリエイションというものは一部の専門家が独占できるものではないはずです。
その意味でも、地方でも、いや地方のほうが、例えば伝統的な催事に参加できたり、暮らしの営みが豊かだったり、人とのつながりが活発だったりする場合もあると思います。あるいは、安価で土地や店舗を借りることができたりするかもしれません。そこで、いろんなことをできるじゃないですか。それらも一つの可能性だと思います。
そして、それらも「クリエイションの学び」と言っても良いものであろうとも感じます。体験機会を含むすべての不平等といったものからは、目を背けてはいけないと思いますが、一方で、その土地土地の可能性をしっかりみていければとも感じます。
熊井さんの活動拠点でもある東京都小金井市の「丸田ストアー」。1階は八百屋さん・お花屋さん・珈琲屋さん・整体院といった個人店が集まり、2階は子どもたちや地域の人たちが集まるためのオープンな場所として開放。土地や建物の特徴を活かして、人と人の関係性を育んだり、「クリエイションの学び」が生まれたりする場を提供している
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