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2024.02.26

ライフ

「堤淺吉漆店」の堤卓也さん、なぜ伝統工芸にカルチャーや自然を融合するのですか?



当記事は「FUTURE IS NOW」の提供記事です。元記事はこちら。

器やかご、布など、日本各地にあふれる工芸の歴史や変遷、さらなる可能性を探っていくこの連載。以前、漆工芸について関美工堂の関昌邦さんにお話を伺いましたが、今回は漆の可能性をさらに深掘りするため、京都で明治42年から漆の精製業を営む〈堤淺吉漆店〉へ。

四代目の堤卓也さんは家業を営む傍ら、サーフボードやスケートボードなどに漆を施し、漆の新たな可能性を開拓。さらに、未来に思いを馳せ「行為循環型のものづくり」を行う〈工藝の森〉の活動も行っています。

漆の需要や生産が減り、絶望感に苛まれながらも、何が堤さんを新たな挑戦に駆り立てたのか。これまでの歩みと、この先思い描く伝統工芸の未来についてお聞きします。
堤卓也さん(つつみ・たくや)
堤淺吉漆店 専務取締役。京都で明治42年から続く〈堤淺吉漆店(つつみあさきちうるしてん)〉の四代目として生まれる。北海道大学農学部卒業後、精肉業を経て、2004年、家業を継ぐためにUターン。2016年からは、漆のある暮らしを次世代の子どもたちにつなぐ取り組み「うるしのいっぽ」をスタート。トム・ウェグナーとコラボした漆のサーフボード〈URUSHI ALAIA(ウルシ アライア)〉をはじめ、BMXやスケートボードに漆を掛け合わせ、漆の新たな可能性を提示。2019年に〈一般社団法人パースペクティブ〉を共同創業。山間地・京北で「行為循環型のものづくり」を行う〈工藝の森〉の活動に取り組んでいる。

需要も生産も減る漆に絶望……。それでも、小さな一歩を踏み出す



編集部 堤さんは、京都で明治42年から続く〈堤淺吉漆店〉の四代目として生まれましたが、そもそも家業を継ぐ気はなかったそうですね。どうして継ぐことになったのでしょうか?

堤さん 生まれた時から伝統工芸や伝統芸術に囲まれていたせいか、いわゆる京都っぽいものに漠然とした反発心があったんです。高校卒業後は京都を飛び出し、北海道大学で畜産を学びました。大自然に囲まれた生活はとても性に合い、そのまま精肉業の仕事につきました。さらに、ワーキングホリデーを利用してニュージーランドで畜産を学び、スノーボードやサーフィンに出合い、ますます自然に魅了されていきました。

そんな生活をしていた27歳の頃、突然、父から電話がかかってきたんです。「工場(こうば)の人手が追いつかず困っているから帰ってきてほしい」と。父から頼みごとをされるなんて初めてだったので、戻って力になりたいと思いました。北海道とニュージーランドで、みんなで助け合いながら生活することの大切さを学んだことも大きいですね。

サーフィンやスノーボードなど、自然と触れ合うスポーツが趣味の堤さん

サーフィンやスノーボードなど、自然と触れ合うスポーツが趣味の堤さん


編集部 漆産業は分業制ですが〈堤淺吉漆店〉はどのような仕事をしているのでしょうか?

堤さん うちは、ウルシの木から採取された樹液を仕入れて精製し、塗料として販売する漆メーカーです。販売した漆は、国宝や文化財、社寺などの修復に使われています。天然素材である漆は一つひとつ性質が違うため、その個性を見極め、塗師(ぬりし)と呼ばれる職人さんの好みや塗る環境に合わせた漆を作ることが仕事。

その工程は多岐に渡ります。「荒味漆(あらみうるし)」と呼ばれる樹液を検品し、木屑などを取り除いて「生漆(きうるし)」を精製。さらに、漆の粒子を均一化する「ナヤシ」、加熱して余計な水分を取り除く「クロメ」といった工程によって、漆のツヤや乾き、粘度を調整し、顔料などで調色し完成させます。漆は温度や湿度に影響を受けるため、機械的に精製できません。職人が試行錯誤しながら作るため、とても手間がかかるんです。

編集部 漆の精製にそこまで手間がかかるとは知らなかったので驚きです。堤さんは、それまで家業を手伝った経験はあったのでしょうか?

堤さん 手伝ったことはおろか、漆のことも全然知りませんでした。ただ、幼い頃、祖父が仕事をしていたこの工場によく遊びに来て、漆を塗った竹とんぼを作ってもらったり、壊れたものを漆で直してもらったりしていました。そんな祖父の姿があまりにもかっこよく、「漆ってすごいなぁ」と子どもながらに感じていました。

それで家業に入って、自分で漆の精製をしてみると、めちゃくちゃ面白くて夢中になりました。1〜3日かけて樹液を練るうちに色や質感が変化するのですが、その様子がとても艶めかしくて。急に雨が降ると質感が変わってしまうなど、漆には常に振り回されっぱなし。自然と対峙している感じが面白くて、すっかりハマってしまいました。

カフェオレ色をした漆。蓋を開けると、湿気から酸素を取り入れ、茶色に変わっていく

カフェオレ色をした漆。蓋を開けると、湿気から酸素を取り入れ、茶色に変わっていく

カフェオレ色をした漆。蓋を開けると、湿気から酸素を取り入れ、茶色に変わっていく



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