編集部 現在、国内に流通する漆の約91%が中国をはじめとする輸入漆で、国産漆は絶滅の危機にあるとのこと。堤さんはこうした現状に以前から警鐘を鳴らしていますが、実際に漆屋の経営に携わったことで、危機感を持ったのでしょうか?
堤さん そうですね。〈堤淺吉漆店〉のお客さまは、国宝や重要文化財建造物の修復に関わる職人さんも多いため、国産漆をたくさん仕入れています。実は国産漆の約7割をうちが使っているんです。裏を返すと、僕たちのような小さな漆屋が7割も使うほど、漆が小さな産業になってしまった、とも言えます。
今、漆産業は中国産漆に頼っていますが、この先も続けられるとは限りません。中国では、ウルシの林が賃金の高い漢方薬畑に代わり、日本と同様にウルシの木から樹液を採取する漆掻き職人は高齢化し、人件費も高騰。中国産漆は年々値上がりしています。実際に、約40年前、500トン仕入れていた中国産漆は、今では23トンと20分の1にまで減っています。
文化財の修復に使うための国産漆。トレーサビリティの一環で、採った時期や地域、職人の名前がラベルの登録番号から識別できる
編集部 安価で便利な化学塗料の普及により漆の需要が減っただけでなく、国内外で漆の生産も減っているという危機的状況なんですね。
堤さん 漆は昔から、漆器や仏壇、仏具にいたるまでさまざまな場面で使われてきました。しかし、化学塗料の登場で、漆そもそもの使用量が減少。さらに下地に化学塗料を使い、表面だけ漆を塗るというケースも増えてきました。下地には上塗りの4倍の漆を使用するので、下地に漆を使わないと、それだけでも漆の需要は5分の1になってしまうんです。
編集部 日本で約1万年も続いてきた漆の危機に直面し、漆屋の四代目としてどのように向き合おうと思ったのですか?
堤さん 正直、何もできないという絶望感にさいなまれました。国内にウルシの木を増やして、漆掻き職人を育成し、国産漆を使って売れる商品を作り、壊れたら修復できる環境を整える。こんな大きなサイクルを生み出すなんて、小さな漆屋にはできるはずがない、と。ただ、漆を精製する中でどんどん漆に愛着が生まれ、何とかしたいという思いが湧いてきました。
知り合いの若い職人が「子どもが生まれたから」と廃業していく様子を見て、何もできないことも悔しかったですし。そうして、2016年に始めたのが〈うるしのいっぽ〉という取り組みです。漆というと豪華絢爛な蒔絵を施した器が一般的に有名ですが、漆にはそれ以外の魅力もたくさんある。素材としての魅力を伝えるために冊子や動画を制作しました。僕が祖父から教わった漆の良さを次の世代にも届けたかったんです。
堤さんが企画・編集を手がけた冊子「うるしのいっぽ」。さまざまな施設で無料配布し、漆の魅力を伝えた
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