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2023.09.29

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元バスケ女子日本代表・大神雄子「エネルギーさえあれば挑戦するときに知識はいらない」



当記事は「THE WORDWAY」の提供記事です。元記事はこちら(第1回第2回第3回。 
「昨日の自分を超える」をテーマに各界のトップランナーの言葉を音声とともに届けるメディア『THE WORDWAY』。音声、インタビュー全文を楽しみたい方はオリジナル版へ。
今回のアチーバーは、元バスケットボール女子日本代表で、Wリーグ・トヨタ自動車アンテロープスのヘッドコーチの大神雄子さんです。

大神さんは8歳の時に米国で本格的にバスケットボールを始め、帰国後は愛知の強豪・名古屋短期大学付高(現・桜花学園高)に進学。司令塔として3年間で7度の日本一に貢献すると、07年には日本人初のプロ契約選手となりました。

日本人2人目のWNBAプレーヤーとなるなど世界を舞台に活躍し、今年6月には日本人3人目となる国際バスケットボール連盟の殿堂入りを果たしました。壁を乗り越える原動力は「エネルギーとパッション」。情熱の燃やし方、夢を引き寄せる「逆算」のメンタリティーとは。

言葉①結果を残すためにはピーキングをどこに持って行くかを設定し、そこから逆算していく計画性が必要



Q:昨年、トヨタ自動車アンテロープスのヘッドコーチに就任され、今季で2シーズン目を迎えます。長くトッププレーヤーとして活躍し、指導者への挑戦は難しくなかったですか?


引退後は指導者になりたいとずっと思っていましたし、小学生の時に桜花学園に入りたいという1つの目標ができたり、オリンピック選手という目標がかなったのと同じように、選手としての目標と、選手を終えた後に「次、何をしたいのかな」っていうのは漠然と考えていました。

35歳まで現役をさせてもらったんですけど、最後のその1年は、指導者の道を歩むということを私から発表した形で1シーズンを戦ったので、次の目標が決まっていた感じでもありましたね。

Q:バスケットボールとどのように関わっていくかという広い視野でキャリアを捉えられていたのですね。

そうですね。ただ、私の性格上、多分あれもこれもっていうのはできないんです。なので、その1年を選手と決めたら、選手としてどれだけ全力で取り組めるかというところにフォーカスするので、「次のための準備」っていうのはなかなか難しかったです。

ただ、バスケットボールをやっていく準備の中でも、じゃあどこにピーキングを持っていくのか、開幕戦か、プレーオフに持って行くのかを逆算するんですが、人生設計もそれと同じように、自分がここに行きたいってときに、今は何をすべきなのかというのをキャリアを重ねる中で考えられるようになったんだと思います。



Q:あらためて大神さんのキャリアを振り返っていきたいのですが、8歳でバスケットボールを始めたのは、どのような出会いだったのですか?

父が大学の先生でバスケットボールを教えていて、1年間UCLA大学にコーチ留学をしていて、家族で住みました。その時に、向こうはやる環境も見る環境もある。そこに私がどっぷりハマっていった感じですね。

それと、私がバスケットボールを一緒にやっていたのは同じ年代の子ではなくて、大学生、大人の人たちに私が入っていくっていうのが日常だったんです。大人に向かってシュートが打てるとか、大人を抜いてシュートを決められる喜びとか、そういうところが日常だったのはすごく大きかったと思います。

Q:日本に戻ってからバスケットボールとはどのように向き合っていたのですか?

帰ってきたらすぐ地元のミニバスケットボールクラブに入って、全国大会を目指したんです。でもその時は何よりもバスケットボールを楽しむことがすべてでした。

きっかけになったのは小学校6年生の時に、ウィンターカップという高校生の大会をテレビで見たんですね。その時の試合が、名短(現桜花学園)と純心(女子)っていう学校で、残り0.何秒で名短の選手が3ポイントを打ったのがシュートファールになって、3本フリースロー。それで、そのフリースローを決めて、名短が最後優勝するっていうゲームだったんです。



Q:その1つの劇的な試合が大神さんのバスケットボールへの考え方を変えたと?

最後まで諦めちゃいけないんだっていうのと、なんて面白いんだっていう名短のバスケットに魅了されて、「あ、私はこの高校に行きたい」って思いました。ただ、山形県出身で桜花(名短)は愛知県にあるチームなので、どうやったら行けるんだろうと考えた時に、その為には中学で全国大会に出なきゃいけない。自分がもっと上手くなって、桜花学園の井上先生に目に止まらないといけないんだって。

それは私のモチベーションだったので、そういう中学校生活を送っていました。実際に、中学2年、3年生の時に全国大会に出て、3年生の時は決勝の舞台まで立つことができたんです。

Q:憧れの桜花学園入学後は、7度の日本一という素晴らしい成績を残されました。

でも、 7度の日本一より2回負けたことの方がやっぱり大きいんですよ。私は高校に入るときに、9冠を目指していたので。だから、「7回すごいね」じゃなくて、私にとっては「この2回、何で勝てなかったんだ」っていうことを今でもやっぱり鮮明に覚えてます。



Q:高校時代の経験は、今コーチングをする上でも影響を与えていますか?

私が今、コーチになってすごく実感してるのが、 「直感」がバスケットボールの競技特性からしてすごく大事だと思うんです。24秒以内にシュートを打たなきゃいけないっていうシチュエーション、攻守の切り替えがすごく早くて、局面がどんどん変わっていく。そこでは絶対に直感が必要だと思うんですよ。

その上で、直感に必要なものは経験だと思います。もちろんコーチングとしての知識はしっかり学びの中で講習を受けたり、コーチライセンス、映像を見る、可視化するっていうところで知識は得ていけるはずですが、直感は経験と知識でイコール直感だと思うので、すごく活きてるものだと思ってますし、これからも絶対活きるものだと思ってます。


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