溶けない氷を見て思う大いなる水の循環
写真家 山田博行さん●1972年、新潟県生まれ。 アラスカのヒッピーコミュニティ、世界の雪山山岳地帯、発展途上国などを取材。 極地の大自然から日常まで、人の感覚などを テーマに写真作品の制作・展示を行う。 写真集にはアラスカを舞台に撮影した 『Tuesday』(Bueno! Books)などがある。 2013年 Japan Photo Award 受賞。
最初は短期間のプロジェクトだろうと思っていた。しかし氷河の撮影を始めてから、もう10年近くが経つ。撮れば撮るほど、その魅力に引き込まれていくのだ。
「最初は滑走目的でアクセスする山の頂上から目に入る壮大な景色でした。それが氷河の世界に足を踏み入れていくと、氷はいろいろな表情を見せてくれたんです。
亀裂の奥で吸い込まれるような美しい色彩を放っていたり、生ものだから、1カ月後、1年後に同じ氷河があるかわからないという神秘性を纏っていたりと、少しも飽きないんですよね」。
撮影はあらゆるアプローチを取って行った。氷上を移動するためにスパイクタイヤを履かせた自転車で、知人の漁船で、セスナやヘリコプターをチャーターして。
最も美しく氷河を撮れるのは曇りの日だという。冒頭の写真のように、必要以上に太陽光が当たらず、氷河の素に近い表情が撮れるためだ。
しかし空からアプローチする場合、山田さんが求める日はホワイトアウトすることが多く、視界不良でセスナもヘリコプターも着陸できなくなってしまう。
「だから晴れの日に飛ぶんです。それにアラスカの天気予報は当てにならないから、“来週くらいの天気のいい日に迎えに来て”という約束をしてパイロットとは別れます。あとはきれいな表情をした氷河はないかなと自分で歩いて、テントを張りながら過ごすといった感じですね」。
見渡す限りの氷原の中にひとりだけ。降り立ったあとは、ひたすら歩き、氷の洞窟を見つけて拠点としたことも何度となくあった。
洞窟の中は外より暖かく、風雪からも身を守れる。そして何万年もかけてできた氷の塊を見ながら、持参したグラスにジャック・ダニエルを注ぎ、ピッケルで砕いた氷でオンザロックを一杯。なんとも酔狂なエピソードである。
そのうえ、「マイナス20℃を下回るので氷は溶けず、ずっと冷たいストレートでした」とオチもあった。
「原液を口にしながら溶けない氷を見て、これってもともとは海から蒸発した水蒸気なんだよな、とか思うんです。ものすごい年月をかけてアラスカで氷となり、今、僕が手にするグラスの中にある。時間の概念がよくわからなくなるというか、とても不思議な感覚に陥るんですよね」。
地球の壮大な水の循環は、頭ではわかっていても、肉体が、感性が、理解を拒絶する。どこか腑に落ちない、ふわふわとした感覚がずっと残る。それもまた氷河の神秘なのだと、山田さんは考えている。
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