実用品としての美しさ
オーストリアの南部、ヴェルター湖という美しい避暑地で、毎年初夏に行われるVWのオーナーズミーティングの取材に行ったことがある。
もともとは100人程度のプライベートな集まりだったものが、約40年でヨーロッパ全土から20万人以上が集まる巨大イベントになったという。自慢の愛車を展示する人もいれば、チューニングの情報交換をする人もいて、最後はビールをガブ飲みして歌って踊っての大騒ぎとなる。
そのときに、なんでスーパーカーでもなければ稀少価値もない、実用車のVWがこんなに愛されているのかがわかった気がした。それは、市民の暮らしに役立つように、ひたすらマジメに作られているから。
VWに乗っているからといってモテもしなければイバリも利かないけれど、毎日の生活を豊かなものにしてくれる。
電気自動車のID.4もVWの伝統に則ったモデルだ。無駄な飾りや押し出しの強さはなし。清々しいほどに素っ気ないけれど、そこには“用の美”がある。
一方で、広い室内と座り心地のいいシート、必要にして十分な動力性能と快適な乗り心地など、車の基本はばっちりだ。
素朴で実直だからこそ、“愛されキャラ”になる。VWのID.4は、マスオさんみたいな電気自動車なのだ。
| モータージャーナリスト サトータケシ フリーランスのライター/編集者。この原稿を書きながら、かつて4代目のVWゴルフGTIに乗っていたことを思い出し、「買い戻したくなったけれど、程度がいい車体は高くなってしまった」とのこと。 |
世代交代なるか
このカタチがBEV時代におけるVWの主力になるそうだ。つまりID.4は新たなグローバルモデル。
ゴルフこそがVWだと思っていた昭和世代にはにわかに信じがたいことだけれど、たぶんビートル(タイプ1)からハッチバックのゴルフに変わったときも“どうしてカクカクにするの?”とビートル世代は思ったことだろう。
乗ってみれば普段使いに十分応えてくれる乗り心地だった。BEVといえばチョロQのようにいきなり加速するイメージがあるけれど、ID.4はそうじゃない。比較的穏便に走り出す。制御がうまいのだ。
実はBEVの場合、スイッチオンで弾かれたような加速を演出するのは、誰が作っても簡単にできること。逆に、心地いいペースで加速させる制御のほうが難しい。
普通に踏んでも、とんでもない加速を見せるBEVのほうがある意味“安モン”なのだ。
VWのグローバルモデルというだけあって、ID.4は誰もが深く考えずにドライブできる車になっている。乗り心地に若干難のある場面もあったが、我慢できる範囲内。
問題があるとすれば新鮮味のない“流行のカタチ”か。ゴルフのように新カテゴリーを開拓する意欲作には見えない……。ひょっとすると、これも昭和世代のヒガミだろうか?
| モータージャーナリスト 西川 淳 フリーランスの自動車“趣味”ライター。得意分野は、スーパースポーツ、クラシック&ヴィンテージといった趣味車。愛車もフィアット500(古くて可愛いやつ)やロータス エランなど趣味三昧。 |