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ふと50歳になったときを考えて不安を覚えた



佐々木を悩ませていた加齢への恐れ。それが40代に近づくにつれ、元トップアスリートの知名度と経験を見込んだオファーが次々に舞い込むようになって加速した。リゾート開発のアドバイザー、スポーツ競技団体の理事、’30年札幌冬季五輪にまつわる役職などなど……。

「俺は何も変わっていないのに、年齢だけでそんな話が増えてくる。ただ年を取ったというだけで。

でも、一瞬、頭に浮かんだんです。そうした役職を重ねていけば、ある程度、楽に稼げるだろうなって。それで50代になったときには、普通に賄賂をもらって、便宜を図りますよ、なんて口にしている腐った人間に成り果てているかもしれない。そう思ったら恐ろしくなりました」。

29歳と30歳、39歳と40歳では、たいした違いはないようでいて、意識のなかでは年齢差以上に開きがある。佐々木を悩ませ、同時に火を付けたのは、誰もが嫌でも突きつけられる「年代」の壁だ。

「ふと、50代になったときのことを考えたんです。このまま続けていけば、たぶん、それなりの立場で、それなりにスキーを続けながら、それなりの立ち位置も確立されていくはず。

でも、全部が『それなり』でしかないわけで。おまけにアスリートとしてはますます『それ以下』になっていく。そんなときに、東京と北京でオリンピックが立て続けにあって、テレビの前で涙を流して感動している自分がいた。

勝つという目標を持ってがんばっている選手たちがうらやましかったし、ココロから尊敬できた。

じゃあ、俺は何なんだと。そう思ったんです。ならば、俺もがんばろうと! では、何を? となったときに、もう一度、世界レベルでスキーをすること。もうこれしかなかった。そう思った瞬間に腹を決めました。それが今年の3月のこと」。


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