ホーキング博士から受け取ったバトン
病院からの帰路、武藤さんはこれから歩むべき未来を模索した。
「自分が進むべき道は何か、帰りの新幹線で必死に答えを出しました。それは、ALSをはじめ、さまざまなハンディキャップを背負った仲間の未来、社会を明るくするアイデアを形にする、ということでした。学生時代からがむしゃらに取り組んできた『社会を明るくするアイデアを形に』を、ALSになっても続けようと思ったんです」。
さらに、もうひとつ決意したことがあるという。
「できないこと、できなくなることに目を向けるのではなく、今、自分にできることに集中しようと。これはALSだったスティーヴン・ホーキング博士も言っていたことですが、僕は博士からバトンを受け取ったつもりで行動し続けることを自分の使命だと思っています」。
結局、いつ人生が終わりになるかなんて誰にも分からない。だから、一瞬一瞬を後悔のないよう、自分のすべてを出し切ろうと武藤さんは決めた。
「体が動かせなくなっても、僕らには思考するという武器が残っています。8年前の新幹線の中で決めたこの考え方は、今も役に立っています」。
自分の声で発話するテクノロジーの開発
武藤さんの相棒、電動車椅子「ペルモビール」。筋疾患、神経難病、脳性麻痺、頸椎損傷など重度の障害を持つ人が一日中車いすで快適に生活することを想定し、設計されている。各関節を無理なく伸展、立ち上がることも可能。
誰もが自分らしい生き方を諦めなくていい――。
そんな社会を目指すべく、さまざまなプロジェクトに取り組み出した武藤さん。なかでも自分の「声」で発話を可能にするテクノロジーは画期的だ。
ALSは声を失う病気でもある。筋力の低下で発声機能が衰えるだけでなく、自発的な呼吸も難しくなるため、人工呼吸器の装着が必要となる。その際の気管切開手術によって、声を出せなくなってしまうのだ。
そこで武藤さんは2019年、自身が当事者顧問を務めるオリィ研究所と東芝デジタルソリューションズとともに「SAVE VOICE PROJECT」を立ち上げた。まだ発声できるうちに録音した自分の声をもとに、合成音声でテキストを読み上げる技術である。
「SAVE VOICE PROJECT」はクラウドファンディングで300万円以上を集めて開発。安価で利用できるプラットフォームを作った。この日の取材も、視線入力装置を使って入力したテキストを武藤さんの声が読み上げる形で進んだ。
「声を失うのは、自分にとっても家族にとっても予想以上に寂しいことなんです。僕も一度、声を失いましたが、このテクノロジーで自分の声がまた出せたとき、妻や家族が泣いて喜んでくれました。
全身のさまざまな身体機能を失って改めて痛感したのは、人間の身体の凄さってやっぱり声であり、話す能力なんだと感じています」。
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