「このリアリティは斎藤さんだからこそ出せる世界」(瀧本)
編集部 それでは、ひとつひとつの写真について伺いましょう。
斎藤 では、このボールを手にした一枚から。
瀧本 これは自分の手ですか?
斎藤 そうです。たしかレンズが24mmだったと思います。意外に思われるかもしれませんけど、これまでボールを改めてまじまじと見ることは少なかったんです。それを、カメラを持ってちゃんと見ることによって、あ、ボールってこういう雰囲気、感触だったなと思い出しました。
瀧本 あまりにもたくさんの想いがこもっていますよね。僕らが撮ろうとするとどうしても嘘になってしまう。リアリティというところでは僕らでは撮れないものですから。自分で持って、自分で撮るという行為にすごく意味があると思うんですよね。
編集部 経験や実績が現れた一枚ですね。こちらはいかがでしょうか。
斎藤 この4枚はセットになっていて、僕が引退試合をした翌日、ないしは数日後に撮りに行ったもの。特にこの湖の一枚は気に入っています。北海道の有名な撮影スポットではあるんですけど、皆さん晴れの日に撮影していることが多い。
ただ、僕が足を運んだときはあいにくの曇り空で霧がかり、線路の先も見えなくなっていたんです。その感じが、この先どうなっていくんだろうという当時の心境とシンクロすると感じたのでシャッターを切りました。
瀧本 たしかに、この写真は晴れていたらそんなに面白くないかもしれない。人生もそうですよね。不安があるから頑張れるし、何とかしようと思える。写真の表現で、何かに見立てるみたいなことはよくありますけど、斎藤さんの場合は、まさに心境が写真に合わさって、とてもいい写真だと思います。
斎藤 これは道ではないんですけど、春先の北海道の畑ですね。北海道の畑は冬の間、雪が積もっているじゃないですか。それが全部解け、やっと畑を耕すぞというタイミング。それも僕の人生のようですごくシンパシーを感じたんです。
瀧本 リセットということ?
斎藤 そうですね。ここから種を植えていくんだというイメージです。僕は、写真にそれぞれタイトルや説明文を付けています。写真だけではなかなか伝えきれない部分もあるのかなと思いまして……。瀧本さんだったらどうしますか?
瀧本 そうですねぇ……すべてを説明したらつまらなくなっちゃいますから……例えば、引退試合の翌日の日付だけにするとか……。そうすると、この写真を見た人はもっと深読みしたくなると思います。
要は、答えを出しすぎないということですね。見た人の想像の部分まで説明しないようにします。五感に訴えかけるような表現ができたらいいなと思っています。
斎藤 なるほど……確かにそうですね。とてもよくわかります。続いてこちらの写真をご覧いただけますでしょうか。
斎藤 これはシンプルで、泥だらけになってやっている姿が格好いいと思いました。打っている彼にピントは合ってるんですけど、ネクストバッターズサークルで準備をしている彼がすごくいいなと。
野球は準備のスポーツですから、この一瞬のためにどれだけ準備するかが大事。まだ幼いながらも一瞬のために準備している感じが、自分の幼少期を思い出させます。
瀧本 少年たちが円陣を組んで、斎藤さんが下から集合写真を撮っているこの写真なんか、少年たちからしたらもう興奮モノですね(笑)。
斎藤 実は、彼らは僕のことをあんまり知らないんですよ。親がハンカチ王子だよと教えて「そうなんだ」ぐらい(笑)。ただ、写真を親御さんにプレゼントすると、子供たちも喜んで、その日の夜から素振りの量を増やしていたらしいんです。それがすごく嬉しかったですね。
瀧本 最初に見た作品とは対照的な感じがしますよね。斎藤さんは優しい眼差しをお持ちで、そこに少年時代の自分を投影している。
それも斎藤さんならではということになりますよね。そういった経験をしてきた人だからこそ撮れるものだと思います。
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