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2022.08.27

ファッション

【お宝続々】ナイキ公認の日本代表選手が唸る、興奮度MAXなエア マックス3選

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「偏愛さんいらっしゃい」

挙げ出したらキリがないナイキの名作スニーカーの数々。なかでもエア マックスに異常なまでの愛を注ぐのがG-KENさんである。

スニーカー好きにはもはや知られた存在で、その偏愛っぷりはナイキより賜った“MASTER OF AIR”の称号が物語っている。

そんな彼が心を震わせ、感情をむき出しにしたエア マックスとは、果たして。
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話を聞いたのは……
ファッションデザイナー・G-KENさんG-KEN●某ストリートブランドのショップスタッフとしてキャリアをスタートさせ、その後は人気スニーカーショップ、アトモスのプレスとして獅子奮迅の活躍。昨年独立し、スニーカーの魅力を伝えると共に自身のブランド、トゥエルブパーセントを展開する。業界内ではAIR MAX好きとしても知られ、日本国内で3人しかいないMASTER OF AIRの称号を持つ。

G-KEN●某ストリートブランドのショップスタッフとしてキャリアをスタートさせ、その後は人気スニーカーショップ「アトモス」のプレスとして獅子奮迅の活躍。昨年独立し、自身のブランド「トゥエルブパーセント」を展開しながら、SNSを通してスニーカーの魅力を発信している。業界内ではエア マックス好きとしても知られ、日本国内で3人しかいないMASTER OF AIRの称号を持つ。


【1足目】エア マックス 1 マスター

G-KENさんのエア マックス人生において、「もっとも濃密だった年」と語るのが2016年。今回選んでもらった3足は、その年にちなんだものだ。

「おかげさまで僕もさまざまなメディアに出演させていただいてますが、その手の質問をいただいた際に必ずと言っていいほど紹介しているのがエア マックス 1 マスターです」。



1987年、ビジブル エア クッショニングでシーンを驚愕させたエア マックス 1。それから、数多くの魅力的なコラボレーションモデルを発売し、今なおナイキの歴史に燦然と輝く名作である。

G-KENさんが選んだマスターシリーズは、生誕30周年を記念した特別なモデルだ。



過去の人気モデルをイメージした上質なレザーとスウッシュのデザインをベースに、歴代のエア マックス 1のDNAをマッドガードに巧妙に組み込み仕上げた一足。

ただ、これを見て「?」と思った人は実に鋭い。そう、ブラックが一般的に知られるところだが、こちらはホワイトもある。



「2016年にナイキが“MASTER OF AIR”という企画を催したんです。世界中のエア マックス愛好家たちに向けた企画で、幸運にも僕がその日本代表に選ばれ、特典としてオレゴン州のビーバートンにあるナイキ本社へ招待されたんです。それが僕の初海外でした。

本社を見学し、このマスターシリーズが翌年リリースされることも教えてもらいました。絵型だけ見せてもらったのですが、そのときは『あぁ、こんなモデルが発売されるんだ』ぐらいの感想でした」。



「発売間近となり、この黒色がナイキよりプレゼントとして送られてきました。その段階でもう興奮してましたけど、同時にもう一足届いたんです。入っていたのがこの白いモデル。

正直、情報がほとんどなかったので、当初は2色展開とばかり思っていました。でも、いざ蓋を開けてみたら、黒しか市場に出回っていない。で、『これなんですか?』と聞いてみたら、関係者だけにしか配られていない非売品だというんです」。

G-KENさんが人づてに聞いた話によると、世界に50足もないという。弾数だけ見ても極レアな一足だ。



「これはもう家宝レベル(笑)。エア マックスを好きになって良かったなと思いますね。ナイキから招待を受け、初めての海外を経験でき、いろんなメディアにも取り上げられた。エア マックスを通じてさまざまな経験をさせてもらっています」。
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【2足目】エア マックス ゼロ

“MASTER OF AIR日本代表”という肩書きを引っ提げ、ナイキ本社へと招かれたのは先述した通り。2足目は、そのときに用意されていたビッグサプライズの思い出が詰まった一足だ。



エア マックス 1が1987年に登場する前、ナイキの伝説的プロダクトデザイナー、ティンカー・ハットフィールドは、新たなモデルの構想を練っていた。

そこで描いたスケッチ画を元に、当時の最先端テクノロジーを駆使して2015年に製品化したのがエア マックス ゼロである。
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「彼がスケッチしたときには色も付いていて、それがイエロー。ただ、初お目見えの際にはなぜかネイビーだったんですよ。

翌年にセカンドカラーとしてこのイエローが発売されましたが、僕はすでに彼がスケッチしていたのを知っていましたし、セカンドカラーとはいえ、これはちょっと買わないと、エア マックス好きを語れないだろうと思ってイエローを購入しました」。



リリース当初から話題沸騰。もちろん抽選販売で、当たった人は幸運レベルのシロモノだが、G-KENさんの中でいっそう神格化されているのにはワケがある。

「2016年に本社へ招待いただいたときから、この色のエア マックス ゼロで足を踏み入れたいと思っていたんです。そして、この色を履いて本社へ行き、中を見学させてもらいました。

そこには世界中のマスターもいたのですが、あらかた見学を終えたあとに大きな広間へ通されたんです。そこへ、なんとティンカー・ハットフィールドさんがフラッと来られたんですよ。その瞬間、世界各地のマスターたちが一気にファンの目になっていましたね(笑)」。



この一足を目の前にすると、今でも当時の興奮が昨日のことのように蘇ってくるという。

「いや〜、素敵な方でした。これだけ有名な方なのに全然気取りがないですし、いいおじさまという感じ。こんな機会は滅多にないですから、履いているスニーカーを脱いでこれにサインして欲しいと頼みました。今思えば失礼ですよね。やばいファンじゃないですか(笑)。それでも全然いいよと気さくに応じてくれました」。



サインを書いてもらったのはスニーカーだけにとどまらない。

「予想外のサプライズでしたから、当然色紙なんて準備もしてないわけです。ただ、こんな機会はそうそうないので、そのとき着ていたナイキのテックフリースにもサインをお願いしました」。



彼のサインはこれまで、刺繍、プリント、エンボス加工などさまざまな手法を駆使しながら多くのアイテムにデザインされてきた。この横長のサインに見覚えがあるスニーカー好きも少なくないはず。

「ただ、それと合わせて手書きでスウッシュを書いてくれているのはそうそうありません。背中の肩口に書いてもらったので気付きませんでしたが、後で見たら震えましたね(笑)。だからこれも宝物ですね。いや〜、あの光景は何年経っても忘れないだろうな〜」。
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