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【2足目】エア マックス ゼロ

“MASTER OF AIR日本代表”という肩書きを引っ提げ、ナイキ本社へと招かれたのは先述した通り。2足目は、そのときに用意されていたビッグサプライズの思い出が詰まった一足だ。



エア マックス 1が1987年に登場する前、ナイキの伝説的プロダクトデザイナー、ティンカー・ハットフィールドは、新たなモデルの構想を練っていた。

そこで描いたスケッチ画を元に、当時の最先端テクノロジーを駆使して2015年に製品化したのがエア マックス ゼロである。

「彼がスケッチしたときには色も付いていて、それがイエロー。ただ、初お目見えの際にはなぜかネイビーだったんですよ。

翌年にセカンドカラーとしてこのイエローが発売されましたが、僕はすでに彼がスケッチしていたのを知っていましたし、セカンドカラーとはいえ、これはちょっと買わないと、エア マックス好きを語れないだろうと思ってイエローを購入しました」。



リリース当初から話題沸騰。もちろん抽選販売で、当たった人は幸運レベルのシロモノだが、G-KENさんの中でいっそう神格化されているのにはワケがある。

「2016年に本社へ招待いただいたときから、この色のエア マックス ゼロで足を踏み入れたいと思っていたんです。そして、この色を履いて本社へ行き、中を見学させてもらいました。

そこには世界中のマスターもいたのですが、あらかた見学を終えたあとに大きな広間へ通されたんです。そこへ、なんとティンカー・ハットフィールドさんがフラッと来られたんですよ。その瞬間、世界各地のマスターたちが一気にファンの目になっていましたね(笑)」。



この一足を目の前にすると、今でも当時の興奮が昨日のことのように蘇ってくるという。

「いや〜、素敵な方でした。これだけ有名な方なのに全然気取りがないですし、いいおじさまという感じ。こんな機会は滅多にないですから、履いているスニーカーを脱いでこれにサインして欲しいと頼みました。今思えば失礼ですよね。やばいファンじゃないですか(笑)。それでも全然いいよと気さくに応じてくれました」。



サインを書いてもらったのはスニーカーだけにとどまらない。

「予想外のサプライズでしたから、当然色紙なんて準備もしてないわけです。ただ、こんな機会はそうそうないので、そのとき着ていたナイキのテックフリースにもサインをお願いしました」。



彼のサインはこれまで、刺繍、プリント、エンボス加工などさまざまな手法を駆使しながら多くのアイテムにデザインされてきた。この横長のサインに見覚えがあるスニーカー好きも少なくないはず。

「ただ、それと合わせて手書きでスウッシュを書いてくれているのはそうそうありません。背中の肩口に書いてもらったので気付きませんでしたが、後で見たら震えましたね(笑)。だからこれも宝物ですね。いや〜、あの光景は何年経っても忘れないだろうな〜」。


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