ありていな言い方なんだけど、やっぱりエルメスって、遊びの天才なんだと思う。
天才に必要なのは、99%の努力と1%のひらめきだ。なんて使い古された偉人の言葉を借りれば、まさに1%のひらめきが、精魂込めた努力に花を咲かせるメゾンの姿に重なるのだろう。
その意味で「スリム ドゥ エルメス チタン」は、メゾンの努力が、本気が、詰まった一本と見る。ベースとなるのは、2015年に発表された薄型時計だ。技術を要するわずか2.6mm厚となる極薄の自社製ムーブメントを搭載し、メディアも賛辞を贈った。新作では、これを軽量で強靭なチタンケースに収めることで、使い勝手を向上させたのだ。
ただ、それだけに収まらないのが、遊びの天才たる所以。チタン特有の濃いグレーに合わせて、アントラシット色の文字盤の、12時位置と6時位置のインデックス、サブダイヤルの秒針に、メゾンを象徴するオレンジを挿し色とした。これが腕元でいい具合のプレゼンスを発揮してくれるのだ。そう、このちょっとしたあしらいこそ、1%のひらめき。フィリップ・アペロワによるタイポグラフィにも、ステンシル調のスリットで表現したダイヤルデザインにもうまく収まっている。
「時もまたオブジェ(創造物)」とは、メゾンが掲げるウォッチメイキングの社是。本気の遊び心から発せられる作り込みのために、その言葉どおり、時の経過を眺めるだけでも楽しくなってくる。さしずめ、オレンジは時間という概念を楽しむための、遊び心を全開にするスイッチか。だから、これがとても気になるんだ。
清水健吾=写真 柴山陽平=スタイリング 髙村将司=文