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ゼニス「エル・プリメロ」は普段使いできるクラシックカーみたいだ
時器放談●マスターピースとされる名作時計の数々。そこから10本を厳選し、そのスゴさを腕時計界の2人の論客、広田雅将と安藤夏樹が言いたい放題、言葉で分解する。4本目はゼニス「エル・プリメロ」。
安藤 前回のモナコが世界初の自動巻きクロノと言い切るのは難しい、という流れで、ゼニスのエル・プリメロの話しをしましょうか。こちらも時計史に残る金字塔です。同じ1969年に誕生した自動巻きクロノグラフムーブメントですが、こちらのほうが発表は数カ月早かったんですよね?
スゴい時計【4】
ゼニス「クロノマスター エル・プリメロ 」 広田 そう、モナコに搭載されているキャリバー11の発表は3月。一方、エル・プリメロの発表は1月でした。ただ、エル・プリメロが最初に記事になったのが、スイスの地方新聞の片隅だったんです。だから、ほとんど注目されなかった。そのあとに、ホイヤーが大々的にニューヨークとジュネーブで「世界初です」って発表したがために、上書きされてしまったという歴史があります。
安藤 なるほどね。でも「自動巻きクロノグラフの誕生」という時計界におけるビッグニュースが、なぜ地方紙の小枠記事にしかならかったんですかね? 当時も時計産業の中心地だった地元スイスなのに。
広田 そこがわからないんですよね。たぶんですが、ゼニス自体が世界初という事実について気づいていなかったというか、あまり大きな出来事と考えていなかった節があります。でも間違いなく発表自体はゼニスが最初。でも、ワールドワイドのお披露目は、ホイヤーとブライトリング、ハミルトンの連合のほうが早かった。さらに言うと、この連合チームが発表した3月の段階で、ゼニスはまだムーブメントの設計を続けていたことがわかっています。
安藤 まぁ、何をもって世界初とするかというのは難しいですよね。
広田 ちなみに、世界で初めて自動巻きクロノグラフを販売したのはセイコーで、1969年5月なんです。しかも、’69年2月の段階でアメリカの雑誌にセイコーはカラーの広告を出している。世界初の「せ」の字も書かずに。「オートマチック・クロノグラフ」って。だから、もう、よくわからない(笑)。
安藤 どれが世界初かはいろいろな解釈があるけれど、はっきりしていることは今から50年前にとにかく自動巻きクロノがいっせいに世に出たということです。こういう新技術の開発って、不思議なことに同時多発的に起こりますよね。自動巻きクロノだけじゃなく、クオーツもヨーロッパ勢と日本勢はほぼ同時期だし。かつて、セイコーが体温で発電する時計「サーミック」という特殊な時計を発表していますけど、ほぼ同時期にシチズンで同様の技術を使った「サーモ」という時計が作られている。
広田 最近の世界最薄競争なんかもそう。それだけ消費者のニーズがモノ作りに反映されているのかもしれません。
安藤 エル・プリメロって機械オタクのみなさんからの評価が高いですよね? その代表者たる広田さんにお伺いしたいんですが、どのあたりに萌えるんでしょうか?
広田 細かい話はここではしませんが、クロノグラフの構造がクラシックである点は大きな萌えポイントです。1940年代に完成しているクロノグラフの構造をほぼそのまま残して自動巻き化に成功しているのがたまらないんですよね。コストかけて作られてるし、ハイビートなので針の動きも楽しい。言うなれば、普段使いできるクラシックカー、みたいな感じなんです。基本構造は発表時から、今もほとんど変わってないし。
安藤 なるほど。ハイビートの量産機クロノグラフってほかに思い当たらないですしね。そういう部分が評価されてか、ロレックスがデイトナを手巻きから自動巻き化するときに、しばらくエル・プリメロを載せてました。だから、ロレックスが認めた機械、という伝説も生まれています。ロレックスがほかの心臓を載せるって、ほかにないですよね?
広田 ないですね。パネライがロレックスの機械を載せていた、とかいうのはありますけど逆はない。
安藤 使えるクラシックカーという表現がありましたけど、ぼくがエル・プリメロと聞いて思い出すのが、アニメ『ルパン三世』の第一話。カーレースのシーンに次元大介の腕にされていたのがエル・プリメロでした。再放送を見てて時計のアップが出た瞬間から気になっちゃって……時計に気を取られすぎて、ストーリーはもう全然覚えてないんですけど(笑)。
広田 作者のモンキー・パンチさんは腕時計好きでしたからね。
安藤 そうそう。マニアックな時計がアニメの中にけっこう出てくる。第一話のとき次元はエル・プリメロでしたけど、ルパンの腕にはフランスの時計ブランド、イエマのクロノグラフがありました。
広田 昨年再上陸を果たしたイエマ! その昔、僕の大好きな時計、ノースポールを世に送りだしたブランドです!
安藤 イエマはかつてリシャール・ミルが在籍したことでも知られていますよね、ごく限られた時計好きの間だけで(笑)。ゼニスやイエマ以外にも、いろいろな時計が出てきますが、アミダのデジトレンドとか、オメガのクロノクオーツみたいな趣味性の強いのまで押さえているモンキー・パンチさんはすごいなと。やっぱり時計好きなら『007』とともにルパンは欠かせませんね。おっと、脱線が過ぎました。エル・プリメロに話を戻しましょう。この時計にまつわる伝説として、もうひとつ、どうしても欠かせない逸話がありますよね。シャルル・ベルモさんの話。
広田 ですね。クオーツが人気になったとき、アメリカ資本に買収されたゼニスでは、「これからはクオーツの時代だから、時代遅れの機械式時計に関するものはすべて破棄しろ」というお達しが出た。それをシャルルさんが屋根裏に全部隠すんですよね。それで残った。
そのときの話を本人に聞いたインタビューがあります(下のムービー)。
安藤 今もあるんですよね、その屋根裏部屋。僕は写真でしか見たことないんですけど、当時の工具とかも残されてて。このときクビを覚悟でシャルルさんが行動を起こさなかったら、もしかすると現在、エル・プリメロはなかったかもしれません。
広田 少なくとも、’40年代の香りを残す、クラシックカーのような魅力的な時計ではなくなっていたことでしょう。多くの人の力によって長きにわたり、当時のままの姿で今も時をハイビートで刻み続けている。そこがエル・プリメロの最大の美点だと思います。
※本文中における素材の略称:K18=18金
関 竜太=写真 いなもあきこ=文