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2018.06.11

時計

他社と争うための開発はしない「ボーム&メルシエ」のスタンス

優れた耐久性と美しいデザインの腕時計を、適正な価格で。そんなボーム&メルシエのモノ作りの根底にあるものとは何か。5年にわたり新ムーブメントの開発を率いてきたダニエル・ブレラード氏に問う。

ボーム&メルシエとは?
1830年、スイス・ジュラ地方のレ・ボワ村にて、ルイ=ヴィクトールとセレスタンのボーム兄弟が時計工房を開く。1920年代前半、ディレクターのウィリアム・ボームが共同経営者にポール・メルシエを迎え、ボーム&メルシエを設立。「クリフトン」「クラシマ」など、クラシックかつモダンな佇まいの腕時計をラインナップする。品質の高さと適正な価格帯が評価されているウォッチブランドだ。現在世界100カ国、およそ1700店舗で商品を展開する。


「188年続く“カスタマー第一の姿勢”が命綱なのです」


COO ダニエル・ブレラード 氏。スイス・ローザンヌ生まれ。土木建築業界を経て、1991年から時計業界へ。’99年、リシュモングループに入社。ボーム&メルシエ、モンブラン、ダンヒルの開発チームを指揮したのち、ボーム&メルシエのインダストリアルディレクターに就任する。2006年よりインターナショナルカスタマーサービスも統率。’13年、ブランドのCOOに就任。開発、流通からアフターサービスまで、製品サイクルのすべてを統括している。スキー、バイク、テニスを愛するアクティブな3児の父。


毎年ジュネーブで開催される新作時計発表会、SIHH。今年1月、スイスの名門時計ブランドであるボーム&メルシエが発表して話題となったのが、最新の自社開発ムーブメント「ボーマティック」だ。1500ガウスの耐磁性、5日間のパワーリザーブ、5〜7年に一度のメンテナンスで十分というスペック。ダニエル・ブレラード氏が熱く語るボーマティックの生産背景に、質実剛健さが評価されるボーム&メルシエの哲学が垣間見える。

「開発において最も重要視されるのが、“すべてはカスタマーのため”ということ。今回、ボーマティックが耐磁性、パワーリザーブ、メンテナンス周期において高いスペックを備えるにいたった理由は、アフターサービスで戻ってきた時計を徹底的に調べた結果にあります。

特に保証期間中に戻ってきた時計を中心にトラブルの原因を探ったところ、磁気を帯びたために精度を損ねたものが非常に多かったのです。また保証期間外で多かったのは、オイルの劣化で部品が磨耗し、衝撃や振動を繰り返し受けたためにダメージを負った時計でした。これらの知見から、新ムーブメントの開発が不可欠という結論に到達したのです」

アフターサービス部門のフィードバックを受けて、新たな製品を開発する。そのアプローチは、常にユーザーに向き合うことを忘れないボーム&メルシエの哲学を裏付けるものだ。耐磁性能を1500ガウスとした背景にも、ブランドの“らしさ”がうかがえる。

「スマートフォンのケースやハンドバッグのマグネットなど、腕時計に影響を及ぼす日常生活の磁力について実験を繰り返し、1500ガウスという数値を導き出しました。確かに、高耐磁性を謳う近年のモデルのスペックに比べ、若干物足りなく感じる人もいるかもしれません。でも私たちはあくまで“カスタマーの問題を解決する開発”に取り組んでいます。他社とのレースに勝つためのスペックではないことを、この数字が表しているのです」

ともするとスペック競争に陥りがちなプロダクトメイキングの世界で、ボーム&メルシエの徹底した“顧客ファースト”の姿勢は、実に痛快だ。

「我が社が続けているのは、188年前に確立した“エタブリサージュ”と呼ばれる伝統的な製造手法。設計から素材調達、製造依頼を含めたトータルプロデュースが私たちの最初の仕事。そしてそれぞれの専門家たちが技術を駆使してパーツを製作し、最後に我が社でアッセンブリ(組み立て)を行うというものです。現在はそのフローをベースに、近代的な設備の同じ建物の中で専門家同士が連携し、効率的に製造作業を行うようになりました。いわば“エタブリサージュの発展型”というわけです。この方法によって、クオリティを維持しながらコストを抑えることを実現しているのです」

製品の特徴、生産背景、そしてブランドの哲学を、時間をかけて丁寧に語ってくれたブレラード氏。情熱と冷静さが同居するその人柄が、高品質で控えめなデザインのボーム&メルシエの腕時計とシンクロするような気がした。

「今後はほかのコレクションにもボーマティックを拡充していきたいと思ってます。良い道具は使われてこそ生きるものですからね」

 

※1 ボーマティック
フラッグシップモデル「クリフトン」に搭載された最新自社製キャリバー。シリコン製パーツ、バレルと脱進機の改良、宇宙航空分野で使用されるオイルの採用などにより、高性能を実現している。

髙村将司=文

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