20世紀の初頭から、痩せたいという人々の願いは、太っている人や肥満を抱えて生きる人をネガティブにとらえる傾向とともに大きくなってきました。そして往々にして、太っているのは、その個人のせいだと思われてきました。過食だけが原因ではないにもかかわらず、食事量を抑えられない「弱い」人間のせいだと思われ、肥満に苦しむ人たちはこの偏見によって、精神的に苦しめられ始めました。
20世紀に、ある研究が、肥満と死亡率の高さの関連性を発表したことで、状況は悪化しました。ただ特筆すべきは、この研究を行ったのが保険会社であることです。この瞬間から、過剰な体脂肪は健康問題として認識されるようになったのです。
ですが、冒頭でお伝えしたように、脂肪は人類にとって不可欠な存在です。ここで、脂肪がなくなったために、トラブルを抱えた人の例を紹介します。
脂肪がなくなったナタリーはどうなった?
ナタリーは18歳。温かな家庭に恵まれ、細身で活発な女性でしたが、何不自由ない暮らしは急に終わりを告げました。生理不順など、さまざまな症状が現れ始めたのです。ナタリーは当時を、こう振り返ります。
「ひどい疲労感があり、体を動かすたびに痛みを感じました。医者は腺熱だっていったけど、全然よくならなくて、違う症状まで出たんです。脂っこいものが食べられなくなったし、すごくムカムカして、頻繁におう吐するようになりました」
ナタリーの症状は一向によくなりませんでした。血液テストで血糖値が高すぎることが判明し、21歳のとき、糖尿病と診断されました。
「インスリン注射をしなければならなくなりました。だけど、どんなに注射しても、血糖値は全然下がりません。疲労感もすごくて、仕事もままならなかったんです。自転車で家まで帰ることすらできませんでした。医者もすごく戸惑い、私も途方に暮れて、それで初めて、原因は違うところにあるんじゃないかと考えだしたんです」
紹介された内科医は、ナタリーの四肢が不自然に痩せ細っていて、腹部がやけに大きいことに気づきました。MRIが行われ、驚きの事実が判明しました。
「皮下脂肪がほとんどなかったんです。その代わり、心臓とか、つくべきじゃない場所にたくさん脂肪がついていました。肝臓にもすごい量の脂肪があって、肥大していました。いつも吐き気がしたのも、脂っこい食べ物を受け付けなくなったのも、すべてそれが原因でした。皮下脂肪は全然ないのに、血中のトリグリセリド(脂肪)値はすごく高かったんです」
ナタリーは、リポジストロフィーという、1000万人に1人の確率で起こる稀な体脂肪の異常がおきていました。この病気になると皮下脂肪が脂肪を蓄えられなくなるため、行き場のない脂肪は血中を移動してさまざまなところにたどり着きます。ナタリーの場合は心臓と肝臓でしたが、腎臓など、あらゆる臓器の周りにつく可能性もあります。
『痩せる脂肪』
こういった場所に脂肪が蓄積されると、循環器系疾患や腎不全、肝臓病など、非常に危険な状態を引き起こす可能性があります。さらに、臓器に脂肪が蓄積するとグルコースが吸収されづらくなり、それによって血糖値が上がり、糖尿病になります。
このナタリーの経験から、体脂肪がきちんと機能することの重要さがわかってもらえたのではないでしょうか。大切なのは脂肪をなくすことではなく、正常な脂肪を、適切な量、身につけることなのです。
「お正月太り」を実感したからといって、無理なダイエットに踏み切るのはやめましょう。
マリエッタ・ボン リーズベス・ファン・ロッサム:医師・医学博士
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