ゼニスのエル・プリメロは、誕生から半世紀以上経った今も最高位のクロノグラフムーブメントと讃えられる。
当時としては画期的な毎時3万6000振動のハイビートを備え、その歴史に秘めた再生のエピソードも感動的だ。だがしかし、ヘリテージにばかり目を向けていると見誤ることになる。
むしろその本質は、革新性に磨きをかけ、品質と信頼性の向上に努めてきた歴史にこそある。新作はそんな魅力を凝縮した。
黒いセラミックスベゼルを装備したクロノグラフは一見今のトレンドを追ったかのように思えるかもしれない。
だがそこにはゼニスの歴代クロノグラフの意匠がちりばめられている。
ざっと挙げると1960年代中頃の「A277」がベゼルに記したドット、’69年の「A386」が採用したシャープなラグ、異なる仕上げの2トーンのブレスレットは’70年代にイタリアのリテーラー名から付けられた「デルーカ」から、さらに’95年の「レインボー」が採用したタキメーターベゼルといったように、それぞれのシグネチャーが時を超えて融合する。
そしてその内には、センター秒針で10分の1秒を計測し、パワーリザーブも60時間に延ばした進化系エル・プリメロを搭載する。
たとえトレンドのスタイルのように見えても、培ってきた本物の歴史と唯一無二の機能を備えている。そこに他のクロノグラフとは一線を画する存在感を宿すのだ。
エル・プリメロはさらなる完成度を目指して、今も素材や設計の最適化を続ける。決してゴールはない。その開発精神と情熱がエル・プリメロの本懐であり、だからこそゼニスのコアコンピタンスになりうるのだ。
躍動感ある針の動きは、見る者に感動を与え、単なる計測の機能を超えたクロノグラフの素晴らしさを教えてくれるだろう。
※本文中における素材の略称:SS=ステンレススチール
作木正之介=写真 柴田 充、髙村将司、オオサワ系、まつあみ 靖、戸叶庸之=文