春と言えば花見、花見と言えば酒。今年の春はちょっとこだわった「花見酒」を楽しんでみよう。酒の種類、桜を見る場所、そして花見酒にまつわる粋な小話……楽しみ方は無限大。サクラサク、花見酒。
みんなで桜を見ながら酒を呑む宴会スタイル。実はその先駆者が太閤・秀吉だったのをご存知だろうか?
かつて、花見文化は貴族が楽しむ特権的な伝統行事だった。ようやく今の宴会スタイルが現れ始めたのは桃山時代だったが、そのときにドカン!と執り行われたのが秀吉主催の「醍醐の花見」である。
慶長3年(1598)の春、京都・醍醐寺裏の山麓で行われたこのイベントには、周辺から約700本もの桜が集められ、1300人の招待客が参加したと伝えられている。そこでは、全国から選りすぐりの名酒が振る舞われたそうだ。
『酒が語る日本史』(河出文庫)によると、そのラインナップは「加賀の菊酒、麻地酒、其外天野、平野酒、奈良の僧房酒、尾の道酒、児島酒、博多之煉、江川酒」だったとのこと。今回はこの中から、当時の酒にルーツを持つ5銘柄をピックアップ。時空を超えた本家・花見酒を楽しまれたし。
【石川】その味は“諸国一”。加賀の菊酒のひとつ「萬歳楽」
「加賀の菊酒」は秀吉が“諸国一番の酒”と賞賛した天下の名酒。その名声も手伝い、加賀の鶴来では酒造りが主要産業となった。「萬歳楽」を造る小堀酒造店もそこに軒を連ねて300年という、由緒ある蔵元のひとつである。
「萬歳楽」は石川県の白山麓の雪解け水とそこで育った酒米「五百万石」を100%使用。杜氏には“日本四大杜氏”に数えられる杜氏集団「能登杜氏」を迎えた。彼らが醸すこの現代の加賀の菊酒は、柔らかな味わいとキレのあるあと味が魅力。桜咲くラベルは春限定の特別仕様だ。
【福岡】秀吉が“三大美酒”に数えた練貫酒「博多練酒」
秀吉が“三大美酒”に数えたと伝えられる博多産の「練貫酒」(ねりぬきざけ)は、出陣前の景気づけにも飲まれていたという。いつしか歴史から姿を消したこの酒だが、300年の歴史を誇る地元の蔵元・若竹屋酒造場が室町時代の文献『御酒之日記』を紐解き、約10年のときをかけて「博多練酒」として現代に復刻させた。
酒は乳白色でとろみがあり、甘酸っぱいヨーグルトのような風味と擦りリンゴのようなフルーティな香りが特徴的。濃厚ながら爽やかで、アルコール度数が約4度と低いため、食後酒として飲まれることもある。日本酒が苦手な女性にもオススメできる一杯だ。
【静岡】北条早雲が命名し、徳川家康にも献上された「江川酒」
伊豆・相模を治めた北条早雲が命名したという「江川酒」。その味は田舎酒の“五大銘酒”として徳川家康に献上されたとも伝えられている。戦国時代から江戸初期にかけて醸造されていたと言われるが、やはりいつしか歴史から姿を消してしまう。
しかし2001年に発足した伊豆の地酒愛好家グループ「江川酒を造る会」が復活にトライ。原料や製造法は残っていなかったが、「現代に通じるいい酒を造り」をテーマに新たな江川酒を造り出した。こちらの純米吟醸酒「江川酒 坦庵」はフルーティで豊潤、すっきりしてキレがあり、決して飲み飽きることのない味わい。秀吉が新・江川酒を飲んだらどうコメントするか、ぜひお聞きしたいところだ。
【奈良】起源は最上質、最高級の僧坊酒「春鹿」
こちらは奈良の僧房酒の流れを組む「春鹿」。当時、大寺院で醸造された日本酒の総称を僧坊酒と呼んだが、なかでも日本清酒発祥の地と言われる奈良で造られた僧坊酒は、最も上質で高級な日本酒としての地位を確固たるものにした。
その伝統的な製法を今に引き継ぐのが「春鹿」で、全国新酒鑑評会 などのコンテストで幾度となく金賞を受賞している。この「桜ラベル 純米酒」は、奈良の県花、奈良八重桜をモチーフにした限定品。穏やかな香りと まったりとした甘さをご堪能あれ。
【大阪】全国に名を轟かせた“大坂酒”「平野酒」
江戸時代には、良質な米と水に恵まれた酒作りが盛んだった大阪市平野区。ここで造られた「平野酒」は当時、“大坂酒”の代名詞とも言える存在となり、『太閤記』のなかでも全国にその名を轟かせる名酒として登場している。
蔵元の数が減少したことでその歴史は一時途絶えたが、1993年、地域住民の要請を受けた酒蔵が文献をもとに平野酒を蘇らせた。平野区産の新米を使った平野酒の香りは華やかで芳醇、心地よい酸味も印象的だ。大阪から取り寄せてでも味わいたい逸品である。
花見の先駆け「醍醐の花見」に集められた秀吉肝いりの名酒たち。そのなかの1本を平成最後の花見酒としてチョイスするなんて、すごく“粋”だと思わない?
ぎぎまき=文