終着駅で飲む vol.2
終電まで飲むことはある。しかし、終点で飲むことはあまりない。正確には終着駅。「線路は続くよ、どこまでも」と歌われるが、その先に線路が続かない終着駅に注目したい。最終到達地という達成感と行き止まりという閉塞感を併せ持っているのだ。今回は終着駅の居酒屋でお酒を飲むというだけの連載。全3回、アポなしノープランの出たとこ勝負です。
「終着駅で飲む」を最初から読む第1回は武蔵五日市駅前の居酒屋で元暴走族のお兄さんと語り合った。駅前は虫の声で満ちており、旅情もしっかりと感じられた。
第2回はちょっと方向性を変えて地下鉄の終着駅。都営浅草線の「西馬込駅」だ。そう、東京23区内にも終着駅はある。
ここから4駅。10分もかからず目指す終着駅、西馬込駅に到着した。車掌のアナウンスは「次は終点、西馬込、西馬込、終点です」。反復によってグルーヴが生まれる。
そして、この先、線路はない……と書こうとしたが線路は続いていた。
地下鉄らしく、駅舎といえるようなものはない。階段を上がるといきなり街に出る。住所としては東京都大田区西馬込2丁目だ。
駅を出ると目の前を国道一号線、通称第二京浜が走っていた。中央線沿いの街に住んでいる者としては、「駅前がない」というこの感覚が不思議だ。
さっそく歩き始めると、すぐに気になる文字が目に入った。
あとで調べると、大正末期から昭和初期にかけて川端康成や三島由紀夫など、多くの文士たちがこの地で交流したそうだ。これはイケる。居酒屋「雪国」やスナック「仮面の告白」があったら即入店したい。
しかし、期待に反してそういった店は見つからない。ハードルを下げてピンと来る店を探したが、こちらも決定打がなかった。
坂が多い地形のせいだろうか、西馬込の道路はやたらとカーブが多い。したがって、少し歩くと駅の方角がわからなくなる。
小一時間ほど歩いた時、和菓子屋の前を通りかかった。もしや、文士村関連の菓子があるのか。
予感は的中した。
ご主人によれば、「27年前からすぐそこの桜並木の通りで『馬込文士村大桜まつり』というお祭りが始まったんだけど、それに合わせて作ったお菓子」なんだそうだ。
「終着駅に飲みに来た」と伝えると、「ああ、そうなの。ここは終着駅で人の流れがストップするから、隣の馬込駅より賑わってるんだよ。川崎方面に延伸するっていう話もあるけど、私はこのままがいいな」。
さらに、「居酒屋なら『一福』さんがおすすめ。とにかく焼き鳥が美味しい。私もしょっちゅう行ってるから」という神情報もいただく。
潮目が変わった。場所を聞くと、一番最初にチェックした駅横の一角だった。
張り切って入店。
「わたなべさんの紹介で」と言うとすぐに取材許可が下りた。ありがとうございます、わたなべさん。
入り口に一番近いカウンター席に座ったため、外からは第二京浜を走る車の走行音。これに常連客の楽しそうな話し声、小さく流れるテレビの音声、そしてマスターが串を焼く音が混じってじつにいい塩梅だ。
美味しいうえに5本で650円という激安価格。とくにレバーは他の客から「絶対に食べたほうがいい」と勧められたほどの味だった。
いつの間にかテレビは消され、スピーカーからMy Little Loverの『Hello,Again~昔からある場所~』が流れている。20年以上も前の曲だが、つい最近のようにも感じる。さて、お酒のお代わりは何にしようか。
サワー類はどれもプラス100円で梅入りになる。思わずマスターに「レモンサワーに梅干しを入れる人っているんですか?」と聞くと「ああ、いらっしゃいますよ」とのこと。試してみるか。
ご覧のようにかなりフォトジェニックな飲み物が運ばれて来た。そして、本気で美味しいのだ。レモンと梅干しが喧嘩せず、なんとも言えぬハーモニーを奏でる。
ここで隣の女性客がマスターに「明日ハワイに行くんだけど飛行機が怖いのよ。あんなものがなんで飛ぶのかがわからない」と不安を打ち明ける。マスターは「昔、スカイダイビングをやってたけど、飛行機と同じで対象物が見えないから怖くない」と返す。
男性客が口を挟む。「マスターはサーフィンもやってるでしょ。波に乗るのと風に乗るのとではどっちが好きなの?」。マスターの回答は「波ですね」。また別の男性客が「男ならもう一つ乗るものがあるでしょ」。
いい雰囲気だ。
男性客に「この辺は坂が多いですよね」と振ると、面白い話を聞くことができた。
いわく、「ここは江戸城を建てる候補地だったんだけど、『坂が100以上ある』っていう条件があってね。西馬込は99しかないからダメになったらしい。ホントかどうかわかんないけど(笑)」
最後にマスターがタイで撮った虎との2ショット写真を見せてもらった。
計4杯飲んだ。西馬込に住んでいたら、この店に通うんだろうなと思いつつ、お勘定。入り口のドアを閉めた直後に店内からドッという笑い声が聞こえた。
取材・文/石原たきび