レモンサワーという名の愉悦 vol.3
大人になった今だからこそ、味わうことができる愉悦。ウェブオーシャンズではこれまで、スナック、ホッピーをテーマに、その奥深い嗜みのノウハウを紹介してきた。そして今回のテーマは「レモンサワー」である。どこの店にでもあるが、そのシンプルさゆえに嗜みの奥深さは計り知れない。全6回でレモンサワーの魅力の真髄に迫ります。
「レモンサワーという名の愉悦」を最初から読む連載第3回目。ご登場いただくのは1年前にレモンサワーに開眼した女性だ。彼女が案内してくれたのは渋谷のバー「天竺」。ここには知る人ぞ知る裏メニューがあるという。
案内人は渋谷の音楽事務所で働く小暮登記江さん(35歳)。浦和レッズの熱狂的なファンで、ホームの試合にはすべて足を運ぶらしい。
さっそくレモンサワーを飲んでいる。レモンの握りはツーシームだろうか。
「じつはこのお店に『レモンサワー』というメニューはないんです。ただ、レモン半玉を50円で付けてくれるので、自分で絞ってレモンサワーにしています」
飲んでみると、うーん、素晴らしい。まず、ファーストアタックの炭酸感がすごい。自分でレモンを絞るという儀式によってありがたみも生まれる。
しかも、「東京NO.1チューハイ」である。とっきーさんが言う。
「なんで『NO.1』なのかはよくわからないんで店長さんに聞いてみてください」
「素生」と書いて「そう」と読む。GOING UNDER GROUNDのボーカル兼店長という不思議なダブルワークで、ミュージシャンの常連客も多い。
「俺たち、チューハイがとにかく好きなんですが、この辺には美味いチューハイを出す店がないんですよ。だったら、自分らで東京で一番美味しいやつを開発しようかってことで」
最終的にたどり着いたのがキンミヤ焼酎を強炭酸水で割るチューハイだった。チューハイ専門のサーバーを使っており、炭酸水だけで飲むと舌が痛いらしい。
カウンターの上にはアナログレコードのラック。持ち込んだレコードもかけてくれるという。
ここで、ふと思った。チューハイに絞ったレモンを入れると美味しくなる。ならば、入れる量を増やしたらさらに美味しくなるのではないか。チューハイと半玉6個、つまりレモン3個分をオーダーした。
松本さんに聞くと、「これまでお客さんから注文を受けた中では半玉2個が最多」とのこと。レモンサワーの極北を探る旅が始まった。とっきーさん、1個絞ってはひと口飲み、また1個絞ってはひと口飲む。
もはや、レモンそのものを飲むような色合いだ。とっきーさんが言う。
「想像を超えた酸っぱさですね。料理の味がリセットされます。半玉4個ぐらいがちょうどよかったかも」
なるほど。レモン増し増しを実践したい方は参考にしてほしい。そういえば、激辛ラーメン屋では辛さのレベルを選べたりする。レモンサワーも同様に自分に一番合った酸っぱさを選べる時代が来たのかもしれない。
「ここは料理もホントに美味しいんですよ。どれを頼んでも当たり」ととっきーさん。とくにオススメだという「ガパオ頭」(700円)を注文してみた。
おお、美味い。レモンサワーが進む。メニュー名は「牛丼の頭大盛り(肉の増量)」をイメージしたとのこと。
最後にお約束の質問。とっきーさんにとってレモンサワーとは何ですか?
「うーん、『浦和レッズがくれたプレゼント』ですかね」
聞けば、もともとレモンサワーは大嫌いで、飲むお酒はおもにビールか梅酒サワー。しかし、1年前に浦和レッズのスタッフの人と知り合い、彼に連れられて行った店で飲んだレモンサワーで開眼したそうだ。
「それを機にいろんな店のレモンサワーを巡るようになり、ついでに浦和レッズの大ファンになっちゃいました。サッカーのルールすら知らなかったのに(笑)」
「じつは、その頃って旦那の浮気が発覚して離婚したり、古い付き合いの親友が急死したりと超絶落ち込んでいた時期。それをレモンサワーと浦和レッズが救ってくれました。今は最高にハッピーな日々です」
「古い付き合いの親友」とはGOING UNDER GROUNDのサポートメンバーだった橋口靖正さん。浦和レッズのスタッフを紹介してくれたのも彼、ここ「天竺」を教えてくれたのも彼だという。
6杯目のグラスをあおりながらしんみりと語るとっきーさん。レモンサワーには必ず物語がある。次回はどんな1杯に巡り会えるだろうか。
取材・文/石原たきび