時器放談 Vol.11
2019.12.26
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シャネル「J12」は、時計専業ブランドからは生まれ得なかった名作だ

時器放談●マスターピースとされる名作時計の数々。そこから6本を厳選し、そのスゴさを腕時計界の2人の論客、広田雅将と安藤夏樹が言いたい放題、言葉で分解する。「ラグジュアリーブランド編」となる今回の1本目は、シャネル「J12」。

安藤 今回は、時計専業以外の、いわゆるラグジュアリーブランドの時計について広田さんといろいろお話できたらと思っています。「時計専業以外の」とあえて言ってますが、僕的には正直、作っている時計の水準は、もう時計専業ブランドとほとんど遜色ないと思っているんですが。

広田 はい。ブランドによっては、技術力はかなり高いです。そこにラグジュアリーブランドらしい味付けをしているので、魅力的なモデルも多いと思います。

安藤夏樹(写真左)●1975年、愛知県生まれ。ラグジュアリーマガジンの編集長を経て、現在はフリーに。「SIHH」や「バーゼルワールド」を毎年取材し、常に自分の買うべき時計を探す。口癖は「散財王に俺はなる!」。

安藤 じゃあ早速、シャネルから参りましょうか。シャネルというと個人的に大好きな「ムッシュー ドゥ シャネル」という名作もありますが、まずはなんといっても「J12」ですかね。20周年を目前にした今年、大リニューアルを果たしました。

ラグジュアリーブランドのスゴい時計【1】シャネル「J12」

今年20周年を迎えたシャネルの「J12」。2000年にブラック、2003年に写真のホワイトが登場した。
来年デビューから20周年を迎えるシャネルの「J12」。2000年にブラック、2003年に写真のホワイトが登場した。高耐性セラミック×SSケース、38mm径、自動巻き。63万2500円/シャネル(シャネル カスタマーケア 0120-525-519)

広田 もともとJ12という時計はとてもよく出来た時計なんです。セラミックス製のケースとブレスレットがあまりに印象的なので、「派手な時計」と思う人もいるかもしれませんが、デザインとしては超王道。奇抜な要素がまるでない。実はすごくバランスがいい時計なんです。時計の厚さとブレスレットの厚さが適切なので、着用時に腕を振ってもグラグラしない。すごくよく考えられている。

安藤 デザインとしての超王道って、例えばどんなところですか?

広田 時針、分針、秒針のバランスとか。それぞれが指し示すべき部分に絶妙にあった長さなので、とにかく視認性が良いんです。

安藤 なるほど、時計としての「お約束」をちゃんと守っている、と。

広田雅将●1974年、大阪府生まれ。腕時計専門誌「クロノス」編集長。腕時計ブランドや専門店で講演会なども行う業界のご意見番である。その知識の豊富さから、付いたあだ名は「ハカセ」。

広田 そう。実はこれって時計専業じゃないブランドだから出来たんじゃないかと思ったりもします。

安藤 どういうことですか?

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時計専業ブランドではできない時計作り

広田 時計専業メーカーの場合、たくさんのモデルを製造しているじゃないですか。すると全部が全部、個別のパーツを用意できない場合もある。例えば、針とかって、いくつかのモデルで共有して使われたりもします。で、文字盤のデザインによっては、針が微妙に長すぎたり短すぎたりってことになったりするわけです。その点、ラグジュアリーブランドの時計はモデル数が少ないこともあって、それぞれに専用のパーツを製造してるから間違いがない。シャネルの場合は真面目だから、とくにそういう点は抜かりないわけです。

安藤 なるほどー! そんなふうに細部まできちっと詰められているから、レディスのイメージが強いシャネルにあって、J12は男性にも高く評価されているのかもしれませんね。

広田 ですです。

安藤 今でこそ腕時計の素材として欠かせなくなったセラミックスですが、ここまで一般化させた立役者はシャネルなんじゃないかと思うんですけど。

広田 そうそう。それ以前にもセラミックスを使った時計自体は存在してるんですけどね。業界にとってはJ12のスマッシュヒットが大きかった。セラミックスって、あんまり角が立ちすぎたりすると、落としたときに割れたり欠けたりするわけです。だから微妙に角を殺さないといけないんですが、シャネルはそういう部分の処理がうまい。シャツの袖も傷めないし、仮に落としたとしても角が丸いからそう簡単に欠けたりはしないし。

安藤 ブレスレットまでセラミックスで作るのって、それこそすごい精度が求められますもんね。J12はデザイン的な妥協をまったく感じさせないレベルにまで完成度を高めている。この時計の出現によって、セラミックスという素材が一気にラグジュアリーな存在へと高められた印象があります。

広田 シャネルって実に真面目なブランドなんですよね。今の時計にもそれが如実に現れている。正直言うと、J12以前のシャネルの時計って、あまり評価してなかったんです。少なくとも男性がするには物足りなかった。でも、J12の登場でガラリと変わりました。根底にある真面目さが腕時計にもしっかり反映された気がします。そして、今年のリニューアルでJ12はさらに良くなりました。

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リニューアルしたJ12は何が良くなったのか?

安藤 広田さん的には、今回のリニューアルはどの辺を評価してますか?

広田 中身がチューダー(TUDOR)のムーブメント製造も手掛けるケニッシ社製のムーブメントに置き換わって、超よくなった。

 安藤 シャネルは昨年、ケニッシ社の株の20%を取得してますよね。

広田 そう。ケニッシ社の作ったJ12専用のキャリバー 12.1というのがあって、何が超いいかと言うと、なんかね、ちょっとオタクな話になるんですけど、精度を司る「テンプ」というパーツがショックに強い「フリースプラング」という方式に替わったんです。加えてパワーリザーブが約70時間もある!

安藤 パワーリザーブが70時間あるのは、便利ですよね。平日使用して、土日まったく使わなくても月曜日にまだ動いているから時刻修正の手間がない。実用性の高い時計を選ぶためのひとつの目安とも言えます。

広田 しかもショックを与えても狂いにくくなったことで、下手なスポーツウォッチよりガンガン使えるようになった。それでいて、バックルが薄く作られているからデスクワークの邪魔にならないんですよね。

 安藤 そもそもセラミックス製のケースやブレスレットは傷がつきにくいわけだから、機械まで丈夫になったとなるとある意味最強の実用時計と言えるかもしれません。

広田 ですです。あと、これも忘れちゃいけないんですが、自動巻きの巻き上げ効率もすごくよくなっている。

安藤 ムーブメントはまさに必要十分なものが搭載されたということですね。ぼくとしては、さらに文字盤デザインのリニューアルにも凄みを感じました。

広田 パッと見はほとんど変わってないんですよね。

安藤 そう。なのに明らかに今っぽいんですよ。数字のフォントとか、新旧を並べないとどこが変わったか分からないくらいの微細な修正なんですが、全体で見るとすごくしっくりくる。リニューアルと言うと、普通、どうしても変わったことを主張したがるじゃないですか。ところがシャネルはそんな愚行はしないわけです。J12の世界観はまったく変わらないのに、今の方が明らかに良い。これって凄いと思うなぁ。

広田 インデックスも樹脂製からセラミックスに変わりましたね。

安藤 そう。それによってケースとの調和が生まれるだけでなく高級感もぐっと増しています。そしてケースバックもそれまでの金属製からセラミックスへと変更された。金属アレルギーの人にもしやすくなったし、何より、モノとしての魅力が高まりました。

 広田 そういう細部までしっかりとモノ作りをするから、シャネルってスイスの時計ブランドからも一目置かれてるんですよ。ある意味尊敬されている。

安藤 セラミックスの流行もそうですけど、時計専業ブランドがなかなか出来なかったことを、軽々とやってしまった感じもありますよね。

広田 そう。そういうことができるのも、腕時計としてのパッケージングがすごくうまいからなんですよね。もともとが衣服ブランドだから装着感にもすごくこだわってるし。J12、本気で良いな。自分でも買いたいくらいです。シャネルは独立時計師のローマン・ゴティエやF.P.ジュルヌにも出資してますし、今後はますますハイレベルな時計を仕掛けてくるんじゃないかと、密かに期待しています。

 

※本文中における素材の略称:SS=ステンレスステール

[問い合わせ]
シャネル カスタマーケア
0120-525-519

 

関 竜太=写真 いなもあきこ=文

# J12# シャネル# 時計
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