玄人もワクワクする時計、タグ・ホイヤー「モナコ」の自由な気質
時器放談●マスターピースとされる名作時計の数々。そこから10本を厳選し、そのスゴさを腕時計界の2人の論客、広田雅将と安藤夏樹が言いたい放題、言葉で分解する。3本目はタグ・ホイヤー「モナコ」。
安藤 タグ・ホイヤーで絶大なる人気を誇っている時計のひとつがモナコでしょう。今年、50周年のアニバーサーリーを迎えます。モナコといえば、世界初の「自動巻きクロノグラフムーブメントを搭載した角型の防水時計」ですよね。
スゴい時計【3】 タグ・ホイヤー「モナコ」

広田 ホイヤーは、ブライトリングやハミルトンなどと共同で初代モナコに搭載している自動巻きクロノグラフムーブメント「キャリバー11」を開発したんです。そこで「今までにないことをやろうじゃないか」ということで、見た目に新しい四角い防水時計を作ろうとしたわけです。
安藤 でも、四角いケースに防水性を持たせるのって難しいですよね? パッキンの問題があるから。
広田 そう。当時は丸いパッキンしかなかったですからね。ホイヤーが幸運だったのは、たまたまケースメーカーのピケレが、「なんとなくこんなの作ったんですけど、どうっスか?」って四角いパッキンを持ってきた。ケース構造は今とは違って、弁当箱みたいなんですよね。「コンプレッサーケース」というただ事でなさそうなかっちょいい名前がついているんですが、構造はパカっとはめる感じ。だからこそよりパッキンが重要だった。

安藤 最初のモデルはリュウズ位置が左側。これも“新しさ”を強調しています。
広田 確かに。ただ、モナコは当初、まったく売れなかったみたいです。
安藤 まぁ、かなりエッジの利いたデザインですもんね。それでも、スティーブ・マックイーン主演の映画『栄光のル・マン』で使われたことが、このモデルを一躍有名にしました。僕の周りにもいますよ、ポルシェ乗りで、モナコはブルーダイヤルで左リュウズじゃなきゃ嫌だ、という人が(笑)。
広田 あのマックイーンが演じた役のイメージは、スイス人レーサーのジョー・シフェールですよね。その人がホイヤーの今でいうアンバサダーだったんですよね。
安藤 『栄光のル・マン』で着ているレーシングスーツにもホイヤーのワッペンがついてますもんね。でも、時計は、ホイヤーの当時のコレクションの中からマックイーン本人が「モナコがいい!」と自分で決めたという話がある。
広田 プロデューサーはいろいろと別のブランドの時計を持って来てマックイーンに見せたらしいですよ。だけど、マックイーンは、ホイヤーを選んだ。ただ、実際は映画放映後も販売面では苦戦したようです。
安藤 それでも一定期間作り続けたのが偉いです。自動巻きムーブメントの目新しさはそのうち薄れてしまったはずですが、’70年代の到来を感じさせる独特なデザインや、映画で印象的に使われたという事実が、じわじわと利いてくる。本来なら万人受けするはずのないルックスだと思うんですが、気が付いたら誰もが憧れる存在になっていた。最近だと四角いクロノグラフもなくはないけど、ある意味モナコはそれらとは別物。唯一無二の存在感がある。
広田 今のモナコは昔のに比べて作りがかなり良くなりましたから、その辺りも万人受けする理由かもしれません。先ほど、初期のモナコのケースはお弁当箱みたいだと言いましたが、そこで防水性を高めるために使っている糊のようなものが、だんだん劣化してきたものもあったようですが、近年のモデルならケースの構造も違うからそういう問題もない。
安藤 モナコって、かつて手巻きのモデルもありましたよね?
広田 そうそう。自動巻きクロノグラフを載せたスゴいやつっていう、本来の世界観から完全に逸脱したのがありました(笑)。
安藤 でも、そういうある意味での“ユルさ”があるのも、ホイヤーのいいところだと僕は思います。ロレックスとかだと、まずそういうことなさそうじゃないですか。

広田 確かに、そういうところも含めて、ホイヤーは楽しい。
安藤 楽しいといえば、昨年のバンフォードとの取り組みは正直かなりワクワクしました。
広田 本来なら組むはずのない、改造ブランドのタッグですもんね。
安藤 時計の世界って、かつてはもっと自由だったですよね。時計雑誌なんかも、防水テストと表して釣り竿で時計をつけた糸を船から垂らしたりして。なんか、そんな自由さをあのモデルに感じたんです。時計はもっと楽しく、自由にあってほしいものだなと。だからあれ、本気で欲しかったんだよなー。でも瞬殺で売り切れちゃった。広田さんの絶大なる政治力で、1本何とかなりませんかね(笑)。
広田 はい、まったくなりません。そんなことしようものなら失脚します(笑)。
※本文中における素材の略称:SS=ステンレススチール
関 竜太=写真 いなもあきこ=文