カップ酒という名の愉悦Vol.5
巷にカップ酒専門の居酒屋が増加中だ。「ワンカップ」という通称でも親しまれているが、これはカップ酒の始祖である大関株式会社(兵庫県西宮市)の登録商標。正確には「カップ酒」ということになる。いつでもどこでも手軽にクイっと飲める極楽酒。当連載はその知られざる魅力に、無類の酒好きライター・石原たきびがほろ酔い気分で迫ろうというものだ。
記事では触れなかったが、連載Vol.2で紹介した「てんてんてん」女将の布施さんは「すばらしい酒屋さんを教えてもらったのがきっかけでカップ酒に目覚めた」と言っていた。
その酒屋こそが「味ノマチダヤ」だ。店は西武新宿線新井薬師前駅から少々歩く住宅街の中にある。
ここは、漫画『美味しんぼ』にも登場した名物社長が率いる酒店。5年ほど前には『タモリ倶楽部』の「酒屋で飲む」という企画のロケ地としても使われた。
応対してくれたのはスタッフの印丸佐知雄さん(55歳)。
「うちは昭和27年創業。最初は木村商店という屋号でしたが、味にこだわりたいとの思いから現在の店名に変更しました」(印丸さん、以下同)
徹底的にこだわり抜いた日本酒と焼酎の品揃えは、全国有数レベル。そのため、客の7割は都内の飲食店だ。しかし、チェーン店との付き合いはほとんどない。
「すべて現金決済であることと、こちらの本気度が伝わりづらいというのがその理由です」
ここで、「あ、取材なの?」と社長が登場。彼は日本酒のみならず、焼酎のカップ酒もプロデュースした人物だ。
ちなみに、木村さんが『美味しんぼ』で紹介されたのは単行本95巻、「焼酎革命」の回。
「うちでは2007年から地方の若手蔵元を集めて、飲食店との交流会も行ってきました。本当に美味しい地酒を多くの人に知ってほしいという思いからです」
レジの上に貼ってある当時の記念写真を見ると、偶然にも別件で取材したばかりの萩野酒造(宮城県栗原市)の専務取締役・佐藤曜平さんが写っていた。
佐藤さんは
「メガネ専用」日本酒を売り出すなど、ユニークな試みで宮城の地酒をPRしている人なのだ。
さらに、店内には先代の社長が懇意だったヤマト運輸創始者・小倉康臣さんの筆による「味」という額もあった。
事務所には小倉さんの写真が飾ってあった。先代の社長夫妻が彼の仲人を務めたという仲らしい。
さて、前置きが長くなった。カップ酒である。印丸さんによれば、常備している地酒カップは約80種類。これに季節モノを含めると年間のアイテム数は約100種類にのぼる。
「これだけ数があると、慣れていない人はどこに何があるかわかりません(笑)。その代わり、すぐに売れるのでフレッシュローテンションには自信があります」
角打ちはやっていないので購入して家で飲もう。オススメを聞くと、びっくり仰天の答えが返ってきた。
「お名前を見て最初から決めていたんですが、じつは僕がプロデュースした焚き火カップがありまして」
正式名称は「ほしとたきびカップ」。初回300本の生産分が売り切れたら別の蔵に変わるシステムだという。
「アウトドアで飲む商品を作りたかったんです。焚き火にあたりながらカップ酒なんて最高じゃないですか」
永山本家酒造(山口県宇部市)の「貴」バージョンは350円、武勇(茨城県結城市)の「武勇」バージョンは300円。
「それにしても安いですね」と印丸さんに伝えると、「実際に儲かりませんが、日本酒の外飲み文化を根付かせたいなと思って」。
静かに感動に浸っていると、社長がやってきて「たきびさんなら、『たきび』のうた発祥の地を見とかないと。中野区の観光スポットだよ」と言った。
存在は知っていたが、まさかこのタイミングで行けるとは。気もそぞろに向かう。
「かきねのまがりかど」だ。昭和初期の風情をよく残してくれたなあ。中野区、偉い。
焚き火カップに『たきび』のうた発祥の地。こんな神展開になるとは想像もつかなかった。カップ酒は奇跡を呼ぶ。
深くお礼を告げて味ノマチダヤを後にする。どうにも我慢ができなくて、歩きながら焚き火カップの蓋を開けた。
取材・文/石原たきび
【取材協力】味ノマチダヤhttp://ajinomachidaya.com