2021.04.11
LIFE STYLE

甲子園出場のスポーツマネジメント会社代表に聞く、野球経験は社会で活きるのか?

「37.5歳の人生スナップ」とは……

元メジャーリーガー上原浩治さんをはじめ、アスリートのマネジメントを主たる業務とする株式会社スポーツバックスの代表取締役、澤井芳信さん。

1980年生まれの澤井さんは、いわゆる「松坂世代」の球児だった。京都成章高では1998年の春夏連続で甲子園に出場、同志社大学に進学後、社会人野球を経てスポーツマネジメントの道へ。

2013年にスポーツバックスを立ち上げ、現在では10名のアスリートやスポーツ関係者が所属。上原さんのマネジメントは起業前の2008年オフより担当している。

 

トム・クルーズを見て、マネジメントの道に

「実は、中学校の卒業アルバムに『将来絶対アメリカに行く』って書いていたんです。当時からメジャーリーグに憧れがあったのと、サンドラ・ブロックが好きで、ハリウッド女優に会ってみたかったので(笑)」。

メジャーリーグはもちろんハリウッド映画も好きだった澤井さんは、さまざまなハリウッド映画を見る中で、NFLのエージェントを題材としたトム・クルーズ主演『ザ・エージェント』という映画で、スポーツマネジメントの仕事を知る。

「当時は高校野球をやっていたんですけど、こんな世界があるんだというのをそこで知りました。また、高校の先輩・大家友和さんがちょうどアメリカに行くタイミングだったり(1998年オフ。横浜からボストン・レッドソックスに移籍)、野茂(英雄)さんがメジャーリーグで活躍していたりと、アメリカが前より近くに感じられるようになっていたんです」。

澤井さんは高校卒業後、プロ野球選手を目指し、大学でも野球部に入部(同期は現・福岡ソフトバンクホークス一軍打撃コーチの平石洋介さんら)。

実は当時もアメリカへの憧れから、大学4年時にメジャーリーグのシアトル・マリナーズのトライアウトを受けたことがあったという。午前中に遠投と90フィート走、ノック。ここで受かれば、午後に実戦形式のテストに挑むというものだったそう。

「日本で行われるのを新聞で見つけて、夏休み中のオフだったのでチームメイトにも内緒で受けました」。

トライアウトでは最終選考に残るも不合格、その後プロ野球のドラフトでも指名されず、社会人野球に進んだ。

「社会人1年目に少し壁にぶち当たって、うまくいかなかったんです。プロが無理だったら、どうしようかなと考え始めたのはその頃ですかね。

漠然と、スーツを着てスポーツの仕事をしたいなと思っていたので、ずっと頭にあったスポーツマネジメントの世界に行ってみたいなと思うようになっていました」という。

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社会人になったら野球経験は無駄になるのか?

競技生活の間にはこのような葛藤もあったそうだ。

「4年間社会人野球をやりましたが、プロに行ったヤツはその4年の間にプロ野球選手としてプロでバリバリやっているわけです。一方、学生で野球を引退して就職したヤツは仕事を覚えて企業社会でバリバリ働いている。

この4年間僕は野球を中心にやっていましたけども、社会人野球でプレーができることに感謝していましたが、プロにも行けないしビジネスマンでもないような……『俺は何してんねん』という葛藤が、26歳までありました」。

自分の中で「野球はちゃんとやりきって終わろう」と思うことで振り切れたという澤井さん。しかしながら、長年の競技経験が「忍耐」として、ビジネスパーソンに転身した今も生きているという。

「野球などスポーツをやっていると、勝つ・負ける、打てる・打てないと目に見える結果が出ますよね。結果を出すために練習するという、とてもわかりやすいんです。

でも、ビジネスって何をしたら結果を出せるのかという正解がなかなか見つからないですよね。その中でも、耐える、つまり、目標に向けて結果が出るまで動くという考えで取り組めています。耐えるということはつまり、『やっても意味なかったやん』で終わるのではなく、『これはもしかしたら次にこういけるかも』と前向きに取り組むということです」。

写真左が高校時代の澤井芳信さん(本人提供)。

また「野球しかやってきていないので、いろんなことを吸収しようという思いもありました。一方では体力はあるので、頑張れるという面もあります。

我慢強く、次のステップに行けるようにアプローチし続けるということは、結果を追い求めるというスポーツ、野球をやっていて身についたことかもしれないですね」という。

もうひとつ、高校時代、甲子園出場チームを束ねたキャプテンとしての経験についても訊ねると。

「キャプテンはいわば中間管理職でした。監督がいて選手がいてという中で、基本的に監督の意見で動くと思いますが、選手にも意見があります。その中で、選手が監督の言っていることが理解できて、監督が選手のことも理解できて、お互いが納得してプレーするほうが絶対いいじゃないですか。

その意見を言える役職がキャプテンだと思っていたので。監督とメンバー両方の意図を理解して、声を通す役割という意味では、会社での仕事も同じですよね」。

 

「スポーツマネジメント」で大切なこと

そもそも近年よく聞く「スポーツマネジメント」とはどのような仕事なのだろうか?

「実はスポーツマネジメントってすごく領域が広いんです。私のメイン事業はアスリートやスポーツに関わる方のマネジメントです。

契約などの交渉が仕事となるエージェントともまた違って、その人のブランディングも含めて、その人の価値を踏まえてさまざまな仕事をしていくことです。

ほかには例えば、チームの経営や運営もスポーツマネジメントですし、マネジメントという言葉にはいろんな意味があります」。

スポーツバックス社内の様子。上原浩治さんら所属アスリートの記念品がたくさん。

ブランディングのため「取ってくる、整えること」が中心と語る澤井さん。

さらに、もしメジャーリーグに挑戦したい選手がいるようなときには「現地のエージェントと組んで、仕事をすることもあります」という。

仕事をこなすうえでは、スポーツの分野に限らず、さまざまな知識や興味関心が必要になってくる。

「まずたくさんの媒体や本を読むということ。また、いろんなアスリートがいるおかげでありがたいことに多くの企業の方との繋がりもありますから、その中で話を聞かせてもらうこともあります。

さらに、同世代で頑張っているヤツも多いです。弁護士、エンタメ系のマネジメント事務所、広告代理店などで働く価値観の合うメンバーでよく話をしています。普段は和気あいあいと馬鹿話をしていますが、悩み事があってパッと相談したときに、スポーツじゃない視点の話をしてくれるんです」。

大学時代から「野球部以外の友達も多かったんですよ。みんないろんなところに就職するなと思っていたのと、そういう友達がいたら面白いなと」と意識して交友関係を広げていたそうだ。

もっとも大切な企業理念として「スポーツをデザインする」と掲げている澤井さんは、「スポーツマネジメントにはやっぱりクリエイティブさがないといけない、クリエイティブなことをやりたいと思っている」という。

そんな澤井さんが海外での仕事で学んだことや、アスリートとの信頼関係のため気をつけていること、クリエイティブな仕事をするために気をつけていることなどを、後編でうかがう。

>後編へ続く

澤井芳信(株式会社スポーツバックス 代表取締役)
京都市出身。京都成章高では「1番・遊撃」の主将として1998年に春夏連続で甲子園に出場。夏は松坂大輔擁する横浜高と決勝で対戦し、ノーヒットノーランで敗れ準優勝。その後同志社大に進学。卒業後は社会人野球「かずさマジック」(元新日鉄君津)に入り、4年間の現役生活を経て引退。その後、スポーツマネジメントの会社で経験を積み、2013年に株式会社スポーツバックスを設立。2014年に早稲田大大学院スポーツ科学研究科修士課程を修了。
スポーツバックス オフィシャルサイト:www.sportsbacks.com/

「37.5歳の人生スナップ」とは……
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る
松平伊織=写真 市來孝人=取材・文
# 37.5歳の人生スナップ# スポーツマネジメント
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