SEAWARD TRIP Vol.117
2021.06.11
LIFE STYLE

元レンジャーの環境省・尾﨑絵美さんに聞く、国立公園の存在意義と未来

開発という名のもとに自然は壊されていく。そのような印象が強くあったから、法律のもとに守られる自然があると聞いて、不思議な気持ちになった。

レンジャーと呼ばれる自然保護官を務めた経験を持つ環境省の尾﨑絵美さんに、国立公園の在り方について詳しく伺った。

 

法律のもとに自然を守る制度が国立公園

環境省・尾﨑絵美さんに聞く、国立公園の在り方とその“利用”

サーフィンをしていると海岸環境が人の手によって壊されていく様子を見たり聞いたりすることがある。

治水工事で川の砂が流れず、ビーチが狭くなった。護岸工事で海岸沿いがコンクリートで堰き止められた。漁港の拡張工事で波が消滅した。高い防潮堤ができ海を感じながら暮らすことができなくなった。

しかし国による事業や制度には、自然を壊すものがあれば、自然を守るものもある。そして環境大臣が指定し、環境省が管理責任者となる国立公園は後者。日本の優れた自然と、その自然を愛で得られる感動とともに後世に伝えていくため、国が保護し、管理している場所なのである。

「日本の自然には素晴らしい魅力があります。島国であることを一因として固有種の割合が高いのが特徴で、動物には独自の進化を遂げた固有種が多く見られるガラパゴス諸島以上の多様性が見られます。

世界でも類を見ない豊かな自然が息づいている場所に行くと、普段の生活では出会いにくい光景に心を動かされ、癒やされますが、この感動は先人たちが継承してくれたために抱けるもの。

私たち世代だけで終わらせず、将来世代にも楽しんでもらいたい。そのような想いから、法律で自然を守る制度ができました」。

そう教えてくれたのは環境省の自然環境局に勤める尾﨑絵美さん。レンジャーと呼ばれる自然保護官を四国南西部に位置する「足摺宇和海国立公園」で務めた経験を持ち、現在は東京・霞が関の本省に勤務。現場での経験を活かし、国立公園利用推進室の室長補佐として国立公園のプロモーションに関わっている。

尾﨑さんがいう法律とは自然公園法のこと。優れた自然の風景地を保護し、かつ利用を促進することを大きな目的とするものだ。

国立公園を指定するのもこの法律。自然公園には、国立公園、国定公園、都道府県立自然公園の3種類があり、国立公園には日本の傑出した自然が見られる大風景地が選ばれる。

それは世界にも誇り得るもので、流氷が見られる北海道の知床から、サンゴ礁のパラダイスと呼ばれる沖縄県の西表島まで、全国で34カ所が指定されている。

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時代によって変化してきた国立公園の評価基準

冒頭の写真は鹿児島県の「奄美群島国立公園」に見られるマングローブ原生林。マングローブとは熱帯・亜熱帯地域の湿地帯や干潟に生息する植物の総称で、100種以上といわれる植物で構成される。

奄美大島のそれは、住用町にある役勝川と住用川が合流する河口域に見られ、大きさは71万㎡。明治神宮と同じくらいの大きさで、東京ドームでは約15個分に相当する。

文字どおりの大自然。そして大きな開発は見られず、人も排除しないところに国立公園ならではのポイントがある。

同エリアは人気の観光スポットになっており、カヌーやカヤックを使って原生林の中を進むツアーが多く提供されている。日本の誇る大自然が豊かなまま存在し、そこで遊ぶことができているのだ。

「守りながら利用することを目指す最初の国立公園は、1934年に瀬戸内海、雲仙、霧島の3カ所が指定され誕生しました。それからしばらくは“ザ大風景”が指定されていきます。言うなれば、わかりやすい大自然です。以降、時代の流れから、海中景観、湿原、生物多様性の豊かな場所なども対象になっていきます。

直近の2017年に指定された『奄美群島国立公園』も同様で、多くの固有・稀少動物が集中して分布する亜熱帯照葉樹林や、サンゴ礁、マングローブ、干潟といった自然環境の多様さが総合的に評価されました」。

国定公園だった場所が時代の要請から評価の視点が変わり、国立公園に指定し直したところもある。それは沖縄県にある「慶良間諸島国立公園」。“ケラマブルー”と呼ばれる透明度の高い海や、サンゴ礁が高密度に分布していること、ザトウクジラの繁殖地であることを背景に、沖縄海岸国定公園から削除された慶良間地域が国立公園に指定された。

時代によって変わるのは評価基準だけではないところも興味深い。

「高度経済成長期のように開発の波が強かった時代には、森林伐採や、道路やダムを造る工事、河川の治水工事などが多く見られました。

当時は環境庁として保護を頑張らないといけない時代。規制官庁として、時代の流れに逆行するような働きをしているイメージもあったように思います。

しかし近年は環境意識が高まっています。大規模開発は社会的にも良しとされず、現場に行くと地域住民の方が違反を見つけて報告に来てくれるようなことも増えました」。

環境意識の高まりから、理解を広く促せる時代になってきたのだ。

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地域の暮らしに寄り添う日本ならではの国立公園

環境省 尾﨑絵美さん●富山県出身。2008年環境省入省。自然環境局 国立公園課国立公園利用推進室 室長補佐。小学校4年生のとき、宮崎県の「綾の照葉樹林」の写真を見て“自然”に目覚め環境の仕事を志す。入省して以降、時間ができれば山登りに。日本アルプスをはじめ多くの山に登ってきた。

狭い国土に1億人超の人が住む日本にある国立公園には、1872年に世界初となるイエローストーン国立公園を生み出した、広大な国土を持つアメリカとは異なる特徴があると尾﨑さんは言う。

「アメリカでは国有地に上から網をかけて国立公園にしています。土地は公園専用地ですから厳正な自然保護も可能になるのです。

一方、日本では私有地を多く含み、公園内には住居があれば産業もあるという状況です。つまり土地の所有者が誰かは問わず、公園管理者が区域を定めて指定し国立公園は生まれます」。

地域社会と寄り添うのが日本の形。だから日本の国立公園は人に近いのだと尾﨑さんは付け加えた。“手付かずの自然”が大きな魅力だと言われると、少し違和感を覚えるともいう。

自然と地域に暮らす人たちの生活は密接な関係にあるためで、日々の暮らしのなかで継承されてきた文化や伝統も、日本の国立公園ならではの魅力として捉えている。

「たとえば三重県の伊勢志摩国立公園は9割が私有地。自然豊かな森林環境や、リアス海岸に代表される海沿いの美しい景観に加え、海女さんや漁師といった地域に暮らす人たちの生活、歴史、文化、風習などに深く触れられるところが特徴的な公園になっているのです」。

なるほど、地域社会に寄り添うために人との距離は近い。では、等しく心理的な距離も近いのだろうか?

その疑問はつまり、地域の住人ではなく、大の自然好きではない人も魅了する何かを日本の国立公園は備ているのか、という問いとなる。

アメリカの国立公園には、人の暮らしはなく、大自然だけがある特性からテーマパークに似た印象を受ける。行くことに浮き立つ気分を覚える夢の国ディズニーランドのように、あの雄大なグランドキャニオンで地球の雄大さを感じたいと思い、デスバレーで地の果て感を抱きたいと夢想する。

さらにヨセミテはロッククライマーの聖地であり、北米最高峰のデナリは冒険家や登山家が目指してきた。カルチャーとしての“物語”も付随しているのだ。

“物語”に魅せられると、その地には憧れが生まれる。「いつかは行くぜ」と決意させる衝動を身体の内に生じさせる。そこで思う。日本もまた、同様の状況にあるのだろうかと。

「団塊の世代は尾瀬などに対して高い認知度が見られますが、若い世代にはとても低い認知度です。国立公園で何ができるのかを知らないし、何かができるとも思っていない。また残念ながら、実際に訪れているのに、そこが国立公園だと知らなかったという人も多いのです」。

どうやら今のところ日本の国立公園に“物語”は見いだしにくいようである。そして日光東照宮や富士山が多くの人に知られているほど、それらが国立公園内にあることを知る人がいるとは思えない。

こうした認知度の低さは、きっと発信方法だけが理由ではないのだろう。「国立公園とは何か? どのようなところか?」といった根源的な問いに対する明瞭な答えが広く共有できていないことにもよる。そのように尾﨑さんは推測している。

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「利用」の時代に入り存在意義の確立が急がれる

今、国立公園は「利用」の時代に入った。機運の高まりは2016年に「国立公園満喫プロジェクト」が始まったことにある。

同プロジェクトは先行的に8カ所の国立公園で取り組みを始めた施策で、訪日外国人による利用者数を’20年までに1000万人へ増やすことを目指したもの。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で目標は達成できなかったが、多言語化、ビジターセンターなどへのWi-Fi導入、SNS発信、ウェブサイトの制作をはじめとした利用者受け入れのための基盤は整備された。

各公園の管理者から届く声によれば、上質なツーリズムを提供できる環境づくりは大きく進展したことがわかったという。

「それでも先日の有識者会議では、各公園の取り組みはわかったけれども、国立公園としてのブランドプロミスが見えない。日本の国立公園にはこれがあるという核を見いだし、しっかりと発信していくべきだ、という課題をいただきました」。

国立公園全体を貫くコンセプトが不足していると指摘された今、アイデンティティづくりは目下の課題。「電気自動車による利用推進やプラスチックゴミの削減など、環境施策の最先端に触れられる場所とするのが良いのではないか」といった意見交換を行いながら、日本の国立公園ならではの存在意義を早急に見いだしたいとする。

そして多くの人に「利用」し、地域にお金を落としてもらうことで、また自然が「守られる」という好循環の創出を、尾﨑さんたちは目指している。

Char=写真 小山内 隆=編集・文

# seaward# 国立公園# 環境省
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