「Tシャツは男の快楽だ」特集 Vol.16
2021.06.09
LIFE STYLE

波があって人生は豊かになる。2人のニューヨーカーがコロナ禍で感じた“サーフィンの力”

新型コロナウイルスの世界最悪のホットスポットと呼ばれ、非情なる感染爆発を見せたニューヨーク。

それでも海とつながり続けた2人がパンデミックを通して気付かされたサーフィンの力とは?

 

サーフィンと「コロナ禍」

波があって人生は豊かになる。コロナ渦のニューヨークで見た“サーフィンの力”
ロックダウンが発令された昨年3月以降、タイムズスクエアやグランドセントラルという常に人で賑わっていた場所から人影が消えた。走行するクルマが救急車とタクシーだけというときもあったという。 ©️Sanae Ohno

新型コロナウイルスの初感染者が2020年3月1日に確認されたニューヨークでは、感染が物すごいスピードで爆発的に拡大。世界最悪のホットスポットと呼ばれる一大感染地となった。3月下旬には外出禁止令が発令。住民は原則的に自宅待機を余儀なくされ、店舗営業はすべて中止された。

それでも感染スピードは緩まず、4月初旬には州全体での感染者が10万人を突破。4月7日に最初の緊急事態宣言が発令された日本における当時の感染者数が4100人ほどであるから、ニューヨークの逼迫した状況は恐ろしいほどであり、1日1万人強が感染する凄まじさをもって、人々を不安に陥れていた。

以来、厳しく感染症対策を行ってきた同地では、先頃、いよいよ7月から経済活動を全面的に再開するというニュースが流れた。今年に入り新規感染者、死者、入院者数はいずれも減少傾向にあるとされ、ニューヨーク市民の70%が1回目のワクチン接種を終えたともいう。

「変異ウイルスの流入など予断は許さないが光は見えてきた」。

そう言うのはブルックリンで高感度なセレクトショップ、ピルグリム サーフ+サプライを営むクリス・ジェンティールさんだ。

クリス・ジェンティールさん Age 48●「ピルグリム サーフ+サプライ」オーナー。ロードアイランド州出身。叔父の影響から幼い頃に始めて以降、今にいたるまでサーフィンを楽しむ。ブルックリンに加えて、日本では東京と京都にショップを構え、来日時にもグッドウェーブを狙うという。©️Maria Riley

「既にワクチンを2度接種したことで晴れやかな気持ちになっています。ついこの間には知人グループが店に来て、閉店後にバックヤードで談笑したんです。

彼らもみなワクチン接種を終えていて、気分が前向きになったと話していました。同じく、接種率の高い街自体がとても穏やかでポジティブな雰囲気になっているように感じます。

ツーリズムも再開されると聞きますし、夏に向かって活力を取り戻していくのかもしれません」。

感染拡大が始まり出した昨年の春頃は悪夢のような毎日だったと振り返る。昼夜をおかず救急車のサイレンが鳴り響く状況に身の危険を感じた人や、経済活動がストップして失職し、高い賃料を支払えない人たちがニューヨークを出て行った。

街は活力を失って閑散とし、反人種差別のデモもあるなど不穏な日々は憂鬱でしかなかった。

クリスさんも家族と早々にブルックリンを離れた。向かったのはフロリダ。母親が暮らす小さな島で3カ月ほど滞在し、気候が良く、出歩け、緊張状態にない穏やかな雰囲気のなか母親や子供たちとの家族時間を楽しんだ。

「サーフィンはほとんどしませんでした。波が良くなかったのでほんの数回のみ。そのためニューヨークに戻り、ホームスポットのロッカウェイビーチでパドルアウトしたときの気分は上々でした。

自宅からはクルマを使って30分ほどなので、早起きをして4時間サーフィンし、戻って仕事をするというのがパンデミック前の私のルーティン。いつもの暮らしを再開できたことで、とても安定した心持ちになったと思います」。

良質な波に乏しいニューヨークでサーファーであり続けるのは簡単なことではない。早朝は良い風が吹いていても、午前中に風向きが変わり波を悪化させることは日常茶飯事。ブレイクしても持続せず、2〜3日後には湖のように凪になってしまう。

チャンスはわずか数時間。それを逃さずグッドウェーブをキャッチするためには、波にフォーカスした生活が必須となる。そのような人生を送る者にとってグッドウェーブは必要火急。

波があって人生は豊かになるのだから、サーファー的な暮らしを再開させられたことで、クリスさんは本来の自分を取り戻せたのだといえる。

「今もそうですが、海に入ると感謝の気持ちが身体の内から自然と沸き起こります。9歳でサーフィンを始めて40年。3カ月も波から離れたのは初めての経験でしたから。

海に戻ってこられたこと、素晴らしい波でサーフィンできることが、私にとってどれほど大切なのか。今回のパンデミックは、そのことに気付かせてくれました」。

海へはマスクを着けて、一人クルマに乗って向かう。静かに着替え、沖では互いに距離を保って波を待つ。できる限りほかの人とは触れ合わない。目的はいい波でサーフィンすることにある。

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「ノア」ファウンダー、ブレンドンさんの場合

ブレンドン・バベンジンさん Age 48●「ノア」ファウンダー。ニューヨーク州ロングアイランド出身。2006年から’15年までシュプリームのデザイン・ディレクターを務めたのち、同年にノアを本格的にスタート。サーフィンやジョギングをライフワークとする。

同じように考えるサーファーは多いのだろう。暖かくなりサーファーが増えてきた今では、それぞれが適度な距離を保ちながら、波に乗る行為そのものを楽しんでいる。

マンハッタンにオフィスとショップを構え、今や日本でも人気のブランド、ノアのファウンダー、ブレンドン・バベンジンさんもその一人だ。

「ロックダウン中、実はけっこう海に行っていました。リモートワークになりオフィスに行く必要がなくなりましたからね。パンデミックとなり、最初にパドルアウトしたのはロッカウェイビーチ。まだ冬で、海には馴染みの顔しかいませんでした。

人々は暮らしのなかでソーシャルディスタンスを取っていましたが、サーフィンはそもそも自分のスペースを確保しながら波を待ち、キャッチしていくもの。誰かと触れ合う必要がありません」。

州の南東部にある大西洋に浮かぶ島、ロングアイランド出身のブレンドンさんは子供の頃にサーフィンを始め、今も最低2週間に1度は海に行くライフスタイルを送る。ロッカウェイだけでなく、ときにはロングアイランドの東端にあるサーフタウン、モントークへも足を延ばす。

幼少期から続けているニューヨークでのサーフィンは、玄関を出た瞬間にスケートボードをプッシュするスケーターに似て、ブレンドンさんにとって日常のことなのである。

「サーフィンはいつだって希望の光。パンデミック中もそうでした。たとえ悩みや問題を抱えているときでさえ、波を必死に追いかけている間は無心になれます。

無心になれるから頭の中はカラとなり、次には今向き合うべき重要な事柄が優先度の高い順番で浮かんできます。考えが整理されて、ポジティブに人生と向き合えるようになるんです」。

このコロナ禍には全米でサーフィンが流行しているという。サーフボードもフィンも、人気のギアはソールドアウト。次の入荷まで数カ月待ちというブランドも少なくない。

もし人々がもっとサーフィンを楽しむなら、それはいい兆候だとブレンドンさんは考える。なぜなら、自然を大切に思い、大切な自然と寄り添うことができるように生活を見直すはずだから。そして健康的な生活は豊かさをもたらしてくれるからである。

一方、気になったこともある。それは孤立。

「昨春に感染が広まり始めた頃、海の中にいたサーファーは全員が孤立を感じていたと思います。普段なら各々が距離を取って波を待ちながらも、サーフィンの楽しさを共有する雰囲気がありますが、あの頃は周囲に気を配る余裕がなかったといいますか。自分と波。それだけで世界が完結していたように思うんです」。

未知なるウイルスと向き合う不安。リモートワークによる社交の損失。人々は孤立し、サーファーもまた海のなかで、各々が波と向き合うことで必死に自分を保っていたのではないか。そうブレンドンさんは回想する。

そしてクリスさんは、パンデミックとそれによる孤立を経験し、人とのつながり、友情関係の重要さをいっそう強く認識したのではないかと言った。

「ニューヨークには、さまざまな夢を抱き、成功させたいと願う人たちが世界中からやってきます。億万長者の子孫も、貧困地域出身の何も持たない人も、ここにきて新しい人生を切り開いていくのです。そのためには精神的なタフさ、能力や知性を磨き続ける力といった個人としての強さが求められます。

しかし過酷な生活を強いられる彼らの多くは、ひとりで生活している人がほとんどです。ニューヨークに家族がいないのです。

だからこそ友情が重要になり、仲間が家族という存在になるのです。パンデミックはこの関係の重要性にいっそうの光を当てました。

大きな問題に対しては周りのコミュニティ、仲間たちと一緒に向き合うことが重要なのだと。そのためにも私たちは、もっとお互いを理解し、お互いを尊敬する必要があるのだと。そう学んだと、私は思います」。

昨年の初秋、ハリケーンによる波がヒットした。澄んだ空、オフショア、頭サイズのスウェルという絶好のサーフィン日和。海には素晴らしい波を狙いにきたサーファーたちが見られ、テイクオフからボトムターンを切り、崩れてくる波の懐へ姿を消していく者もいた。

クリスさんは知人に撮ってもらった映像をカリフォルニアの友人へ送り、電話で波やサーフボードのデザインを話題に盛り上がった。ブレンドンさんもオフィスなどで友人知人との充実したサーフィン話をシェアした。

時期は第2波が襲い感染が拡大していたタイミング。それでもふたりは、パンデミックで再確認したサーフィンの意義と楽しさをそれぞれの仲間と共有し、共有できるつながりにも感謝しながら、次なる波を思って笑いあった。

 

PEDRO GOMES、熊野淳司、高橋賢勇、清水健吾、鈴木泰之、柏田テツヲ=写真 小山内 隆、高橋 淳、大関祐詞=編集・文 加瀬友重、菅 明美=文

# コロナ渦# サーフィン# ニューヨーク
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