37.5歳の人生スナップ Vol.149
2021.05.16
LIFE STYLE

人気チョコレートブランド代表が辿り着いた「持続可能な社会をつくる」ミッション

「37.5歳の人生スナップ」とは…… 

カカオ豆の選定からチョコの製造までを一貫して手掛ける「ビーントゥバー」の日本での先駆けとして、独特の存在感を放つチョコレートブランド「Dari K(ダリケー)」。

創業者で代表取締役社長の吉野慶一さんが金融アナリストから転身を遂げ、事業が軌道に乗るまでの経緯を振り返った前編

続く後編では、全力で走りながら吉野さんの頭の中で少しずつ明確になっていったダリケーのミッションに迫る。

 

フェアトレードでは貧困を救えない

ダリケーのチョコレートはおいしい。契約農家から届く豆をその場で挽いて使うので、カカオの香りが違う──。

ダリケーがチョコレートブランドとして広く認知されていくのと並行し、ホテルなどへチョコを卸しはじめた。一方で、スラウェシ島のカカオ豆を使ったリップクリームやカカオ酒の開発に着手し、さまざまな企業からコラボ製品を打診されるようにもなった。

ビジネスが拡大すれば、そのぶんカカオ豆の需要も増大する。吉野さんが日本で試行錯誤を繰り返している間、生産地のインドネシア・スラウェシ島ではどんな変化が起こっていたのだろうか。

「それこそダリケーを創業した当初は数人の契約農家さんと取引をしていのが、いまは500人を超えるようになりました。彼らのほとんどは、それまで取引していた現地の買取業者との付き合いを断ち切って、100%ダリケーにシフトしてくれています」。

ダリケーの買取価格は、吉野さんが初めてスラウェシ島へ行ったときと同じ現地相場の2割増し程度。ただし、ダリケーが現地で栽培指導することで、農家の生産性は確実に向上している。収穫量が増えることで、農家の収入はかつての2倍近くにまで増えた。そこがフェアトレードとは大きく違う点だと吉野さんは言う。

「フェアトレードは資本主義経済の中で弱い立場にいる生産者のために、相場よりも高い価格で生産者から買い取る仕組みですが、それはあくまで高くても買っていいという一部の消費者の『善意』があって成り立つもの。

製品の質が変わらないのであれば、多くの消費者は1円でも安いものを選ぶのが世の常でしょう。だから消費者の善意に頼るフェアトレードによって問題が根本的に解決されることは難しいと感じています。

その点、ダリケーはある意味スパルタで、一方的に生産者に慈悲の手を差し伸べるようなことはしない。こちらの求める7箇条を守ってくれるなら相場より高い価格で買うよ、と明示して、生産者も努力してカカオの品質を上げることを求めています」。

現地の農家に栽培指導を行う吉野さん。(写真提供:吉野慶一)

ダリケーが求める7箇条とは以下のとおり。

1:アグロフォレストリー(森林保護と作物栽培の両立のための植栽)の実践。
2:無農薬・減農薬および有機栽培(化学肥料から有機栽培へ移行中を含む)。
3:児童労働や強制労働の禁止。
4:危険な道具の使用禁止(実を割る際のナタの不使用など)。
5:発酵の徹底。
6:100%トレーサビリティ(生産者から最終消費者までの流通経路の追跡可能性)。
7:ダリケーもしくは現地パートナーによる栽培指導を受ける。

労働環境の改善やトレーサビリティはいまでこそSDGsの観点から日本でも声高に叫ばれるようになった要素だが、ダリケーは何年も前からこれらに取り組んできた。

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三方にメリットがあるトリプル・ウィンを実現

さらに、ダリケーは2014年から年に数度、スラウェシ島への農園視察ツアーを実施している。

取り引きのある企業関係者向けと、一般向けの2種類があり、当初はチョコレートの閑散期である夏の期間にダリケーのファンを増やすのと、わずかでも利益の足しになればと始めたものだが、これもスラウェシ島に意外な変化をもたらした。

「島内のカカオ農園のある村は、かつては年間の外国人訪問数が数人の土地でした。そこに僕らが年に数度、何十人もツアー客を連れて行くようになったものだから、ホテルは建つし、現地の観光局もやる気をみせはじめて。

僕らと日頃から頻繁に連絡をとって『今年はいつ来る? それに合わせてこのイベントや祭りをやるね』なんて言ってくれています(笑)」。

スラウェシ島ツアーでの記念撮影。(写真提供:吉野慶一)

日本からのツアー客がスラウェシ島へ来るようになって、最も変わったのが農家だという。

「農家にとってカカオはあくまで換金作物で、安定的に収穫して出荷できればそれでいい。だから虫に食われないように農薬を使っていたんです。ダリケーと契約するようになってからはかなり使用を控えてくれていたけれど、それでもまったく使わないことはなかった。

でも、あるときのツアーで一行が帰国したあと、農家の人たちが僕のところへ来て『もう農薬は使わない』って言うんです。だってさあ吉野さん、一緒にごはんを食べて、収穫をして、あんなに喜んでくれる家族のような人たちに届けるカカオに農薬は使えないよ、と。

僕が農薬をいっさい使わなかったらカカオをさらに高い価格で買うといくら言っても農家には響かなかったのに、お金では変わらなかった農家が日本からのツアー客とのふれあいで変わった。今は農薬は使わず、カカオの実一つひとつに袋をかけて虫を防いでいます。当初はまったく予期しなかった変化だけれど、人を動かすのはお金ではなく心だと知れた。これがいちばんの収穫だったと思っています」。

吉野さんの現地の仲間たち。(写真提供:吉野慶一)

これぞまさに、生産者、加工者(販売者)、消費者の三方にメリットがあるトリプル・ウィン。吉野さんはそれをお題目に唱えることなく、「気づけばそうなっていた」という理想的なかたちで実現した。

この素晴らしい仕組みをさらに広げていくには、サプライチェーンの上流(生産者)だけでなく、下流(販売)ももっと厚くする必要がある。そのための手段のひとつが、コンビニチェーンにダリケーの商品を置くことだったのだ。

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みんなが同じ船に乗りサステイナブルな社会を目指す

セブン-イレブンで販売したカカオドリンク「シトラスカカオ」と「トロピカルカカオ」はもちろんスラウェシ島のカカオ豆を使ったものだが、実はダリケー独自の手法「フルーツ発酵」がほどこされている。

「フルーツ発酵とは、カカオ豆を発酵させるときにマンゴーやパッションフルーツなどの果物と一緒に発酵させることで、香料を使わずカカオ豆にフルーツの香りをまとわせる手法。セブン-イレブンのカカオドリンクも、香料を使っていないのにほんのりフルーツが香ります。

これももとは気候変動対策というか、雨が降らなくてカカオがだめになったときに農家の収入を守るリスクヘッジとして、カカオとカカオの木の間にほかの樹木を植えたほうがいいと僕らが提案したんです。

農家の人たちは『フルーツを作っても南国ではありきたりすぎて売れない』と言うので、じゃあダリケーが買い取るよ、と。それで去年からダリケーの製品ラインナップにドライフルーツを加えたり、フルーツの香りを利用したフルーツ発酵を始めたりしました」。

こんなふうにして、何か課題があれば解決策を考え、すぐに実行する。思いつきが思いつきを生み、新たな製品が誕生し、結果的に「三方良し」がどんどん強固になっていく。

起業から10年、先のことは考えずに突っ走ってきたという吉野さんだが、これまでやってきたことを振り返り、ようやく自分のミッションのようなものが見えてきたという。

「現状のチョコレート業界は、上流から順番にカカオ豆の生産者がいて、コレクター(収集人)がいて、倉庫業者がいて、商社がいて、チョコメーカーがいて、小売店がいて、それぞれが独立している状態。

みんな自分のひとつ隣の上流から安く仕入れ、隣の下流に高く売ってその差額を利益にしているんですね。それぞれが自分の利益を優先して少しでも安いものを選ぼうとするから、結局は価格が重要になって、コモディティ化してしまいます」。

そうすると、しわ寄せは最上流の生産者にきてしまうが、もし生産者が不作でコケてしまったら、カカオ豆の収集人は仕事ができないし、倉庫も不要だし、チョコメーカーだってチョコレートを作れなくなってしまう、と吉野さん。

「だからこそ、それぞれが独立して存在するのではなく、生産者や倉庫やチョコメーカーが同じ船に乗らなければなりません。そうすれば、サスティナブルな仕組みができるはずなんです。

これはチョコにかぎった話ではなく、さまざまな産業にいえることで、実現すれば世の中が変わるかもしれない。それが今、僕の目指す社会のあり方です」。

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チョコレート業界を変える魔法の機械

そう将来の夢を語りつつ、現在は目下進行中のプロジェクトに奔走中の日々。なんと、カカオ豆を入れればすぐにチョコペーストができる世界初の機械を開発し、すでに特許も申請中だという。

「ヒントになったのは、コンビニのカウンターコーヒーでした。今でこそコンビニで挽きたてのコーヒーが飲めるのは当たり前になりましたが、カウンターコーヒーができる以前は、コンビニでコーヒーといえば缶コーヒーだった。

そこにカウンターコーヒーが登場して、消費者は安価でおいしいコーヒーが飲めるようになったし、あるコンビニチェーンはこれで年間10億杯も売れるようになった。その結果なにが起こったかというと、質の良いアラビカ豆の輸入量が増え、コーヒー豆の輸入単価も上がったんです」。

おそらく、生産者が良いものをつくればそのぶん高く買われ、マーケットが広がるという「三方良し」が実現したというのが吉野さんの見立て。それでコーヒー業界は変わった。同じことがカカオ豆でできれば、チョコレート業界だって変わるはず。

取材中、吉野さんがダリケーのチョコペーストを使って作ってくれた超絶美味のホットチョコレート。

「だから僕らが開発した機械をコンビニに置いてもらうのも大歓迎だし、ビーントゥバーの店に置いてもらえれば、お客さんが複数の生産地のカカオ豆から好きな豆を選んで、その場でホットチョコにして飲むことだってできます。

挽きたてのカカオは本当においしいので、世界中の消費者はもちろん、生産者にも味わってもらいたい。それを実現するために動いているところなので、楽しみにしていてください」。

バックパッカーとして鍛えた不確実性への強さと行動力。そして金融の世界で磨いたロジカルシンキングを武器に、吉野さんは今日もほんのちょっとだけ先の未来を見ている。

 

吉野慶一(よしのけいいち)●1981年、栃木県生まれ。慶応義塾大学経済学部、京都大学大学院、オックスフォード大学大学院卒業。18歳からバックパックで約60カ国を旅する。外資系金融機関などで金融アナリストとして勤務後「世界の現状を憂いたり、出来ない/やらない理由を声高に叫ぶだけでは、自分も世界も何も変わらない」と29歳で脱サラ。2011年にチョコレートブランド「Dari K(ダリケー)」を京都で創業する。2015年から4年連続でパリ「サロン・デュ・ショコラ」に出展し、国際的な品評会C.C.Cでは4度ブロンズアワードを受賞。 

「37.5歳の人生スナップ」とは……
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る

中山文子=写真 岸良ゆか=取材・文

# 37.5歳の人生スナップ# ダリケー# チョコレート# 吉野慶一
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