37.5歳の人生スナップ Vol.145
2021.02.10
LIFE STYLE

歌舞伎町ホスト、アパレル会社の起業と倒産を経た男がアートで注目を集めるまで

「37.5歳の人生スナップ」とは……

広いアトリエには所狭しと作品が並ぶ。完成品も制作中のものもある。黒人の少年少女を描いたポートレートや立体作品の一部に使われているのは、まぎれもない廃棄物だ。家電製品のパーツや電子機器の基盤、磁気テープなどの“ゴミ”である。

このアトリエの持ち主は、美術家の長坂真護さん。「サステイナブル・キャピタリズム」というコンセプトを掲げ、先進国がガーナに投棄したゴミを使ってアート作品を作っている。

彼の作品はアートコレクターたちの注目を集めており、高値がつく。納品のため木箱に梱包されようとしていた150cm×150cmほどの大型作品は、コレクターが2200万円で購入したものだ。

©HIDEYO FUKUDA

「僕自身は売り上げの5%しか受け取りません。あとは、活動費用。2030年までにガーナのスラム街にリサイクル工場を作るという目標があるんですよ。でも僕がやっているのはただのボランティアや慈善事業じゃない」。

長坂さんが作品を作って売ればゴミは減る。しかも資本主義のしわ寄せや貧困を象徴するガーナのゴミがアートとなって資本主義市場で価値を生み、そのお金がガーナに還元される。

アート活動と経済活動、そして社会課題の解決も同時に行う。これが長坂さんの言う「サステイナブル・キャピタリズム」だ。

今年37歳になる長坂さんがこの考え方にたどり着いたのは4年ほど前。2017年に初めてガーナを訪れ、スラムをテーマにした作品を作るようになってすぐの頃だ。それまでは、まったく異なる作風の作品を描いていた、住所不定の路上の絵描きだった。

「本当にダメなやつだったと思います。何もかも中途半端で、いろんな人の応援をダメにしてしまう、ろくでなしでした」。

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ロンドン留学を目指していたはずが、路上の絵描きに

長坂さんは1984年生まれ。福井県の工業高校を卒業後、ファッション界へ多くの才能を輩出している名門・文化服装学院へ進学し、モノづくりの面白さに目覚めた。

しかし、卒業直前にロンドン留学を狙って応募したコンテストで辛くも落選。「どうしてもロンドンに行ってやる」と、卒業後には留学費用を稼ぐために新宿・歌舞伎町でホストとなり、ナンバーワンに。

2年弱で辞めたときには留学費用以上の貯金ができていたため、それならばと、アパレル会社を設立した。ところが1年であえなく倒産する。

波乱万丈という言葉がこれほど似合う経歴はないだろう。借金を背負った24歳の長坂さんは、窮地の中でもモノづくりを志す。絵描きを生業とすることを決意したのだ。

「もともと絵を描くのが好きで、専門学校のときにもよく描いていたし、その当時、絵本作家になりたいなぁ、と思って出版社へプレゼンしに行ったこともあります」。

そして、日本中あちこちを移動しながら路上で絵を描き始めた。女性のポートレートが中心だった。

その創作活動はじきに評判を呼び、2010年には地元・福井県の博物館から仕事のオファーを受けたり、音楽フェス「サマーソニック」でのアートイベント「ソニックアート」への出場を勝ち取るなど、数々のチャンスをモノにしてきた。

そう聞くと、とんとん拍子にキャリアを積んできたように聞こえるが……。

「いや、全然だめです。仕事なんて数カ月に1個あるかないか。家なんて借りる余裕ないから、当時付き合っていた彼女や友達の家を転々としていました。どんなにお金がなくても、ナンバーワンホストだった経験があるから、地道にコンビニのバイトを始めるなんて意地でもできなかった」。

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夢は暴走するけれど現実は甘くない

仕事をひとつ達成するたびに、絵描きとしてこうありたいという理想はどんどん膨らんでいたという。でも、現実は厳しくなかなか理想通りにいかない。そして諦めてしまったり、挑戦に飽きてしまったりした。

「例えば、29歳のときにせっかくコンテストで勝ってニューヨークへ行ったのに、ギャラリーに全然相手にしてもらえなくて心折れちゃって、ビザの途中で帰ってきちゃった。

昔からそうなんですよ。絵本の企画を作って出版社に行ったときも『悪くないけど、まだまだかな。もう一回作ってみて』と言われるともうダメ。あんなに自分の中で盛り上がって『絵本作家になるぞ!』と思ってたのに、心折れて『やーめた』って」。

写実的なデジタルアートによる人物シリーズのうちの1枚「二丁拳銃を持つ女」を小さいキャンバスに縮小したもの。

そんな自分自身について、長坂さんは「自分の中の“暴れ馬”を乗りこなせなかった」のだと表現する。

「なんかね、自分の中にいるんですよ、“暴れ馬”が。そいつが『これやろう! 俺いける!』って夢膨らませて暴走するんですよ。それで自己暗示みたいに、『絶対できる。絶対実現する』って思い込んじゃう。

でも現実的にはうまくいかなくて凹んでボロボロになる。でも、その暴れ馬は自分自身だから離れられない。そのうちすぐにまた暴走し始める。乗りこなせると思ってまた振り落とされる。その繰り返しでした」。

それでも絵は描き続けた。そして2015年に発表した写実的な人物画「無精卵をかぶる女」が高い評価を得て、初めて東京で開いた個展で400万円ほどを売り上げた。

「そのお金で住居兼アトリエを借りました。日本橋馬喰町の築50年のビルです。長らく住所不定だった僕にも、31歳でようやく拠点ができたわけです」。

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目の前にチャンスがあるのにそれを活かせない

こうしてアトリエを構え、いよいよ本格的に画家として跳躍するチャンス……! と思いきや、なんと絵を描けなくなってしまったのだという。

「評価いただいた写実のシリーズも、気乗りしなくて1年くらい描けなくて。毎日ウンウン言ってる間に、隣の空き地にビルが建っちゃって、すごく焦りました。

それでも結局、毎日昼頃に起きてだらだらして、ようやく夕方ごろにやる気になってきたのに友達から『飲み行こう』って言われたらふらふら行っちゃう。せっかく売れてチャンスが来たのに俺は何やってんだろ、って。そうやってまた凹んだんですよ」。

しかし、チャンスの神様は長坂さんを見捨てなかった。それは、アーティストとしてのCM出演だった。

学生時代とホスト時代にお世話になった街、新宿にある商業ビル「フラッグス」のCMで、新人を起用したいというキャスティングの意向により、長坂さんに白羽の矢が立ったのだ。

「CMに出演して絵を描かせてもらっただけでなく、なんとそのCMの中では昔憧れていた歌も歌わせてもらって。しかも、自分でデザインした服も着ていました。やりたかったことがすべて実現した仕事だったんですよね。

それで、『俺キテる! 人生最大のチャンス! ここから何者にでもなれる!』って、自分の中の暴れ馬がまた妄想を膨らませたんですけど、妄想が膨らめば膨らむほど、『なんか違うな』って逆に盛り下がってきちゃって」。

かつて高校時代に、就職が決まって喜ぶ同級生を見て冷めていたという。「就職って墓場じゃん、と思ったんですよね。先が見えちゃって人生決まっちゃって、もう終わりじゃんって」。

そんな同級生に向けていた思いに似たようなモノを、自分自身に抱いてしまったのだ。

「結局、それまでやってきたことって自我の塊で、承認欲求なんですよ。自分のやりたいことをやり尽くして、ついに自分を可愛がるのにすら飽きちゃった。そのときふっと、『これからは人のために生きる人生もいいかな』って思ったんです」。

>後編へ続く

美術家・長坂真護さんがクラウドファンディングを実施中!

彼の活動を追ったドキュメンタリー映画『Still A Black Star』(カーン・コンウィザー監督)の公開を実現するための費用をクラウドファンディングで募っている。締め切りは2月14日(日)。

長坂真護(ながさかまご)●1984年福井県生まれ。文化服装学院卒業後、歌舞伎町のホストを経てアパレル会社を設立。しかし1年で倒産し、路上の絵描きに。2010年に史上最年少でサマーソニックのアート部門「ソニックアート」に出場。また、アカデミー賞の前夜祭「2017 Oscar VIP Gift Lounge」に出展し、日本人初となるライブペインティングを披露し注目を浴びる。2017年にガーナのスラム街アグボクブロシーを訪れたのを機に、不法投棄された廃棄物を使った作品を制作・販売する。2018年〜2019年にかけて、現地に学校とギャラリーを設立。「サステイナブル・キャピタリズム」を掲げ、アート活動と経済活動、そしてガーナの社会問題解決のための活動を同時に展開している。

「37.5歳の人生スナップ」とは……
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る

川瀬佐千子=取材・文 中山文子=写真

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