37.5歳の人生スナップ Vol.142
2021.01.05
LIFE STYLE

高円寺に「信頼と寛容の空間」をじわりと広げる「小杉湯」3代目当主・平松佑介

「37.5歳の人生スナップ」とは…… 

高円寺の老舗銭湯「小杉湯」に、3人兄弟の長男として生まれた平松祐介さん。

“跡継ぎ”という宿命にとまどいながら、社会に出てさまざまな経験を積むなかで、「継がなきゃいけない」が「継ぎたい」になるまでを追った前編

覚悟を決めた平松さんが小杉湯に、そして高円寺の街にもたらした変化とは?

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50年後、100年後にタスキをつなぐために

ハウスメーカーやベンチャー企業での経験を経て、36歳で満を持して家業の小杉湯へ。しかし、平松さんの念頭に事業の拡大はなかったという。

「なぜなら、駅伝でいうところの1区と2区を、祖父と父が好タイムで走ってくれたからです。おかげで小杉湯は87年もの間、地元の人に愛される銭湯でありつづけている。

家業を継ぐと決めた以上、僕の役割は“事業の継承”。祖父や父から受け取ったタスキを、次の代、そしてまた次の代へとつないでいくことです」。

実際、小杉湯の経営状態は悪くなかった。斜陽産業ゆえに経営が逼迫していた銭湯を、若き後継ぎが立ち直らせた──そんなサクセスストーリーは、小杉湯には当てはまらない。しかし課題もあった。

「業界の縮小は既定路線ですからね。『銭湯は斜陽産業』という幼少期からの刷り込みもあり、大きな危機感をもっていました。ありがたいことに、小杉湯にはたくさんのファンがいるけれど、現状維持だけでは次の代までもたないかもしれない。

50年後も100年後も小杉湯を存続させるために、小杉湯の魅力をもっともっと多くの人に伝え、ファンを増やさねばと思ったんです」。

創業当時から変わらぬ重厚な建物、隅々までぴかぴかに磨かれた浴場、やわらかな湯、色鮮やかな壁画。一度でも小杉湯へ来て湯に浸かれば、ファンになってもらえる自信はある。この魅力を、どうやって多くの人に伝えればいいのか──。

答えは、意外と早く見つかった。

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人生を変えた仲間たちとの出会い

ひとつは、イラストレーター塩谷歩波さんとの出会いだ。家業に参加した直後、彼女が描いた「銭湯図解シリーズ」のイラストをネットで見かけて感銘を受けた。小杉湯の“図解”を描いてほしいと依頼したところ、快諾。

完成したのは、小杉湯でお客さんたちが思い思いに過ごす光景──小杉湯の日常のひとコマを俯瞰したようなイラスト。

これがあれば、小杉湯の魅力を余すところなく伝えられる。そう確信すると同時に、80年以上つづく小杉湯の魅力を再確認できて勇気がわいた。自分がこれからやるべきことがわかった気がした。

いまは小杉湯の番頭としても知られるイラストレーター塩谷歩波さんによる小杉湯の“図解”。 写真提供:平松佑介

それと前後して「銭湯ぐらし」というプロジェクトもはじめた。

当時、銭湯に隣接した場所に小杉湯所有の風呂なしアパートがあった。老朽化が進んでいるために取り壊し、半分は平松さんの住居に、もう半分は小杉湯の施設にすることが決まっていた。

不動産会社を通じてアパートの住人に取り壊しを告げたところ、予定より早く退去が完了。取り壊し予定日までの1年間、空き家にしておくのはもったいない。そこで、なにかできないかと友人に相談したところ、建築家の加藤優一さんを紹介された。

「加藤に、1年間限定でアパートに小杉湯のファンを集めて住んだら面白いんじゃないかと提案されて。風呂なしアパートだけど、銭湯のある暮らしだから『銭湯ぐらし』。家賃は無料のかわりに、住人がやりたいことをそれぞれ小杉湯で実現してもらう。

ぜひやってみたいと思い、銭湯の貼り紙などで参加者を募集したところ、ミュージシャンやデザイナー、編集者など、さまざまな人たちが手をあげてくれたんです」。

そうしてスタートした「銭湯ぐらし」は、「銭湯フェス」などのイベントや企業とのコラボレーションにつながり、プロジェクトがおこなわれるたびに小杉湯に人が押し寄せた。

その様子がSNSなどで話題になり、“高円寺の小杉湯”は知名度を高めていった。

写真提供:平松佑介

2018年2月にアパートが取り壊されたあと、プロジェクト終了を惜しむ住人たちが中心となって株式会社銭湯ぐらしを設立。

2020年春、アパートの跡地に彼らが運営するコワーキングスペースや食堂を備えた施設「小杉湯となり」が完成し、現在、60名ほどの会員が利用している。

小杉湯の隣に誕生した小杉湯となり。 写真提供:平松佑介

「そもそも僕は、銭湯を継いだら狭い世界のなかで孤独な戦いをすることになると思っていたんですよ。ところがいざやってみると、これまでの人生でいちばん人との出会いが増え、社会との接点が増え、仲間が増えた。まったく予期していなかったことです」。

出会いが未来をつくっていったと平松さんは言うが、その出会いは小杉湯という場所がもたらしたものだ。いま小杉湯や小杉湯となりの運営にかかわるメンバーの共通点はたったひとつ、「小杉湯のファンであること」なのだから。

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銭湯は「信頼と寛容」の空間である

この数年間の経験をふまえ、平松さんたちは小杉湯の価値を再定義した。

「小杉湯は環境」。

銭湯では番台でお金を支払えば、あとはすべてセルフサービスになる。お客さんが求めているのはスタッフのサービスではなく、小杉湯という“環境”だ。

では、その“環境”が提供しているものは何か。突き詰めて考えた結果、「ケの日のハレ」というキーワードに行き着いた。

「ケの日のハレ、つまり“日常のなかの非日常”です。どの家庭にも当たり前のようにお風呂がある現在、みなさんは“家では味わえないちょっとした贅沢”を求めて銭湯に来るのではないでしょうか」。

“ちょっとした贅沢”を拡張するために、小杉湯ではさまざまな取り組みをおこなっている。たとえば、チーズの生産者に分けてもらった廃棄予定の「ほや」を投入したチーズ風呂、クラフトコーラの生産者に分けてもらった濾過後の材料を投入したコーラ風呂など、日替わりで多彩なお湯が楽しめる「もったいない風呂」。

伊良コーラの濾過残渣。複数の香草やスパイスが香る。

あるいは、ちょっと良い素材を使ったタオルや、全国から厳選して集めた湯上がりのドリンクとアイスクリーム。いずれも好評で、これが時代に即した銭湯のビジネスモデルなのだという手応えがある。

けれど、そうしたプラスアルファは、清潔な空間と気持ちのいい湯があってのこと。だからこそ、平松さんたちは今日も朝から浴場をぴかぴかに磨き、地下から汲み上げた水を一定の温度の湯にして提供する。

そして開店時間になれば、年齢も立場も違う多様なお客さんがやって来る。ひとりの時間を楽しむ人もいれば、顔見知りの客に会釈をする人、他愛ない世間話をする人もいる。

一人ひとりが文字通り裸になって、ゆるやかにつながれる場所──銭湯とは、「信頼と寛容」の空間だ。

「そんな機能を持つセミパブリックスペースを高円寺に増やしていくのが今後の目標。『小杉湯となり』もそのひとつだし、実は今、僕たちの考えに共感してくれる地主さんに古民家を提供してもらい、『小杉湯となり』の『離れ』をつくる計画も進行中です。

そんなふうに点と点を線に、線と線を面にして、小杉湯を起点に街づくりができれば理想だなあ、と。まあ、僕自身はあくまでも湯守なんですけれど」。

人びとがゆるやかにつながる「信頼と寛容」のコミュニティが、高円寺にじんわりと広がりつつある。

プロフィール
平松佑介(ひらまつゆうすけ)●1980年、東京生まれ。小杉湯3代目。住宅メーカーで勤務後、ベンチャー企業の創業を経て、2016年から家業の小杉湯で働き始める。2017年に株式会社小杉湯を設立、2019年に代表取締役に就任。1日に1000名を超えるお客さまが訪れる銭湯へと成長させ、空き家アパートを活用した「銭湯ぐらし」、オンラインサロン「銭湯再興プロジェクト」など銭湯を基点にしたコミュニティを構築。また企業や地方と様々なコラボレーションを生み出している。2020年3月に小杉湯となりに新たな複合施設をオープン。

「37.5歳の人生スナップ」
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る

岸良ゆか=取材・文 赤澤昂宥=写真

# 37.5歳の人生スナップ# 小杉湯# 銭湯
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