37.5歳の人生スナップ Vol.90
2019.10.28
LIFE STYLE

34歳で証券会社を創業。プロボクサーだった男の挑戦譚

甲斐真一郎

「創業者の非常識っていうのは確かに存在する。僕はそういう意味では創業者らしいのかもしれない」。

証券会社FOLIO(フォリオ)の創業者・甲斐真一郎さん(38歳)は、9月1日付で代表権を共同創業者に譲り、会長職に就いたばかりだ。

「会長職についてからは外で人と会う時間が増えました。僕の業務はトップマネジメントの人材採用や資金調達、中長期的な経営戦略。あとは新しい事業や組織づくりのためのノウハウをインプットする時間も作っています」。

甲斐さんがフォリオを創業したのは2015年。独立系証券会社として、10年ぶりの新規参入、しかも累計91億円の資本調達も大きな話題になった。

FOLIOのサイトトップ
サービスサイトのトップページ。証券会社とは思えないポップなデザインが目を引く。

証券会社をつくるという大業をわずか34歳でやってのけただけではなく、最近はコミュニケーションアプリ・LINEと提携して「ワンコイン投資」サービスをスタートさせるなど、甲斐さんは今最も金融業界で注目を集める一人と言えるだろう。

しかも、創業3年半での体制変更は、ベンチャー企業としても異例のスピード。なぜ38歳という若さで自身がゼロから生み出した会社の運営のトップを退く決断に至ったのか。甲斐さんの「創業者の非常識」に迫った。

NEXT PAGE /

京大生時代、プロボクサーに。「レッテルを貼られたくなかった」

京都大学入学後、しかも未経験からプロボクサーのライセンス取得に至った人なんて、おそらくそういないだろう。プロボクサーになった理由を尋ねると、甲斐さんはさらりと説明してくれた。

インタビューシーン

「“京大生”という偏った色メガネで見られたくなかったというのが一番大きな動機ですね。ステレオタイプに見られるのがあまり好きではないんです。“京大生”と“プロボクサー”って、印象のベクトルは真逆と言っていい。プロボクサーとしてのライセンスを取ってしまえば、自分のアイデンティティは多様化するし、偏った色メガネで見られることもないかなと」。

ボクシングジムの門を叩いたのは大学2年のとき。ライセンスを取るまでは半年もかからなかったという。さらにデビュー戦で勝利を収め、新人王トーナメントに出場することになる。トーナメント期間中は大学を休学するほど、甲斐さんはボクシングにのめりこんだ。

プロボクサー時代

「本気でしたよ。日本のトップランカーとして活躍できると思っていたし、なによりおもしろかったんです。でも、負けた。日本のトップボクサーって基本的に大半は1回も負けなしで王者になるんですけど、僕は普通に負けちゃったから。これでは世界は獲れないなと思って、ボクサーの道はやめたんです」。

あっさりボクサーの道をやめた甲斐さんは、1年間ほとんど実家にこもる生活を続けた。なにをしたかといえば法曹界を目指したのだ。

「ボクシングをやめてバイトもやめて、司法試験の勉強に集中しました。法学部だったので、弁護士になろうと思って。とはいえ1年勉強して受からなければ才能がないってことだから、やめようと前もって決めていました。おそらく人生でいちばん勉強した時代ですね。寝ているとき以外はほとんど勉強していました」。

ボクシングに打ち込んだ1年後には司法試験に没頭。激しい振り幅の大学生活だ。結果は、択一試験は合格、しかし論文試験で惜しくも不合格となってしまう。

NEXT PAGE /

法曹界も断念。次に目指したのは金融界のトップ

もう1年やれば確実に受かるとは考えたが、ここでも潔く別の道を選択していく。思い切りがいいのはもともとの性格のようだ。

インタビューシーン

「悩んだけど自分のなかで期限を1年と決めていたから、覆したくなかった。まあ平たくいえば挫折ですね。それで、就職活動を始めて決まったのがゴールドマン・サックスでした」。

ゴールドマン・サックスといえば、世界でも有数の金融機関だ。甲斐さんにとって、法律から金融の世界に飛び込むことは決してかけ離れたことではなかったという。

「もともと僕が希望していたのは、ゴールドマン・サックスの戦略投資部。ここはゴールドマン・サックスの中でも花形で、さまざまな事業の再生とかにお金を突っ込む、むちゃくちゃ面白い部署。仕事内容としても、法律の知識が重要になる。だからこそ自分が学んできたことも生きてくると思った」。

しかし、結果的に甲斐さんは戦略投資部ではなく、債券のトレーダーとして入社することとなる。その気持ちの変化はなぜ、生まれたのだろうか。

「当時の僕に聞かないとわからない部分もあるけど、トレーダーは個人としての力がそのまま評価されるというところにより惹かれたのだと思います。自分の価値をダイレクトに伸ばしていけるのはもしかしたらトレーダーのほうかな、と。ボクシングもそうだけど僕は個人プレーの方が好きなのかもしれません」。

だって自分がいちばんになりたいから。子供のように、そう無邪気に甲斐さんは笑う。何事もやると決めたらがむしゃらに突き進む。そんな甲斐さんですらゴールドマン・サックスという場所は異質な環境だったようだ。

「たとえ何年会社にいても、先輩に勝てる気がしなかった。みんなものすごく賢いうえに、ものすごく働くんですよ。最初の3年くらいは優秀な先輩に囲まれて、毎日凹んでました」。

少しずつ自分の思うように仕事が動くようになったのは、入社4年目以降だ。後輩と呼べる存在もでき、仕事も任されるようになった。その後、より大きな裁量を求めてバークレイズ証券に転職した甲斐さんはトレーダーとして着実に経歴を重ねていく。しかし30代に突入して「起業」の二文字が甲斐さんの頭を掠めるようになる。

甲斐さんが証券会社を立ち上げる過程は、【後編】で見ていこう。

 

藤野ゆり=取材・文 山本恭平=写真

# 37.5歳の人生スナップ# FOLIO# 投資
更に読み込む