37.5歳の人生スナップ Vol.76
2019.08.09
LIFE STYLE

鮭はくわえず、背負うもの。木彫り熊の沼にハマった男に聞いた面白話

今、にわかにブームがきている木彫り熊。ミッドセンチュリーからの文脈や、クラフトなどの民藝文脈から、じわりじわり。その流れを感じるエキシビションが8月10日(土)から、目黒のホテルクラスカ内「ギャラリー&ショップDO」で開催される。

安藤夏樹さん●編集者、東京903(とうきょうくまさん)会代表。取材時に着ていたTシャツはポロベア。
安藤夏樹さん●編集者、東京903(とうきょうくまさん)会代表。取材時に着ていたTシャツはポロベア。

そのキュレーターが、フリー編集者の安藤夏樹さん。「散財王におれはなる」が口癖で時計に詳しいことでも知られる安藤さんがなぜ、木彫り熊の沼にハマっているのか?

その理由と魅力を聞こうと、まず「木彫り熊ってあの鮭をくわえた?」って質問したら、安藤さんからの返事に驚いた。

「鮭はくわえず、背負うもの」。

標語みたいにキャッチーなひと言に、こちらもググっと木彫り熊に引き込まれたところで、沼の深さを教えてもらった。

—いったい何体持ってるんですか? 木彫りグマ。

これが背負い鮭。熊を擬人化するのは伝統的な手法なんだとか。
これが背負い鮭。熊を擬人化するのは伝統的な手法なんだとか。

安藤 自分でもわからないんで、今回のエキシビションでそれを自覚しようと思ってます。だいたい100クマくらいかな〜。

—最初の出会いはいつなんでしょう。

安藤 5年くらい前ですね。とある骨董屋にあったのがすごくいい顔をしていて、「買いたい」と言ったのに譲ってくれなくて(笑)。でも、店主が、これは北海道の八雲って町で彫られたものだって教えてくれたんです。

この3体はすべて八雲の熊。一番右は、柴崎重行さんという八雲の作家による作品。
この3体はすべて八雲の熊。一番右は、柴崎重行さんという八雲の作家による作品。

—そのひと言が?

安藤 沼の始まり。当時は全然情報もなくて、1年弱くらい探していたら別の骨董屋で偶然、八雲の木彫り熊を見つけたんです。それを手に入れていろいろ調べていたら、八雲に木彫り熊の資料館ができたと知って、すぐに飛びました。

—スゴい行動力ですね。で、お客さんはいたんですか?

安藤 いや、ぜんぜん(笑)。僕らだけ。八雲では3泊4日の滞在だったんですが、町の人たちにいろんなことを教えてもらって。
突然ですけど……北海道の木彫り熊って誰きっかけで始まったか知ってます?

—地場産業的なものでしょうから、北海道の偉い人?

安藤 ブー。尾張徳川家なんです。

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「徳川家が、木彫り熊、はじめました」。

—意外すぎます。

安藤 明治時代に尾張徳川家が、北海道の土地を新政府から譲り受けたんです。そこに徳川農場っていうのを作るんですけど、冬は厳しいし、文化もない。せめて農業が休みになる冬場に、なにか取り組むものを作らなきゃとなって、大正時代になって徳川義親という人が「木彫り熊を楽しく作って生活の足しにしちゃおうぜ」って言ったのが始まり。

—じゃあ歴史も、100年足らず?

安藤 そうなんです。意外と歴史は浅いんです。

—その最初期のものが、背負い鮭なんですか?

安藤 それはまた違って……この中に入ってる……。

目的の熊は左側の……。

—この箱は?

安藤 クマ手箱。あ、コレコレ。

この木彫りグマは、八雲の資料館以外ではほとんど見たことがない貴重なもの。
この木彫り熊は、八雲の資料館以外ではほとんど見たことがない貴重なもの。

—あら、かわいらしい。この子は八雲生まれ?

安藤 はい、かなり初期の。足の裏を見てください。

—「やくも」っていうシールが貼ってありますね。

安藤 そうなんです。こういうところから八雲をブランド化していたことがわかりますよね。ちなみに、よくあるのは同じ「やくも」印でも焼印なんですが、シールは極初期のものだと思われます。これ、かなり貴重なんです。

—なるほど。そうして土産物として発展していく。

安藤 そうです。戦後の北海道観光ブームでピークを迎えて、一気に全国区の人気者になって、こんなのも登場する。1952年のホッケー大会のトロフィーです。これは八雲の熊ではないですが、こうした擬人化熊は戦前の八雲でもすでに彫られていました。

スティックも持っていないけど、ホッケーのトロフィー。
スティックも持っていないけど、ホッケーのトロフィー。

—いろんなスタイルが生まれるんですね。

安藤 アート的なアプローチをする人も出てきます。柴崎重行さんは特に有名で、今もっとも人気の作家なんじゃないですかね。ところで……。

—はい。

安藤 木彫り熊の故郷はどこだか知ってますか?

—そりゃ、北海道?

安藤 ブー。スイスです。

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「木彫り熊の故郷は、スイスです」。

—どういうことですか?

安藤 さっきお話した徳川義親さんが、スイスで見つけた木彫り熊を持ち帰るんです。それをお手本に作り出したんですね、八雲で。

—スケールが想像以上にデカいですね。

安藤 だから沼にハマっちゃうんですよ。ハマりすぎてエキシビションまでやるし、本まで出すし。

—本も出すんですか?

安藤 はい。384ページ、オールカラー、糸かがりの贅沢仕様。図鑑みたいな本を作りたくて。エキシビションは実は、その出版記念も兼ねています。

「KUMA-BORI ZUKAN」全2000部限定。表紙は2種で、ピンクが通常版で6000円。グレーは八雲限定700部で5000円(ともに税別)。
「KUMA-BORI ZUKAN」全2000部限定。表紙は2種で、ピンクが通常版で6000円。グレーは八雲限定700部で5000円(ともに税別)。

—確かに奥深いですね、木彫り熊の世界。

安藤 そうだそうだ。最後に、これ見てください。

—えーっと……今までのと何か雰囲気が違う気がしますが……。

安藤 これは山形で昭和35年に彫られたもので……

「ツキノワグマなんです」。

『東京で、熊さんかい? by 東京903会』 会場:クラスカ ギャラリー & ショップ DO

そう、北海道の木彫り熊はヒグマなのである。

身近にあるのに、意外と知らない木彫り熊の尽きない話。聞いているうちに沼にハマる気持ちもわかってしまうから少し危険な気もするけれど、エキシビションに行ったらきっと楽しいに違いない。めくるめく木彫り熊の沼、皆さんもご堪能を。

 

[イベント概要]
『東京で、熊さんかい? by 東京903会』

会場:クラスカ ギャラリー & ショップ DO
東京都目黒区中央町1-3-18
会期: 8月10日(土)~9月8日(日)
開館:11:00~18:30

# 木彫り# 東京で、熊さんかい? by 東京903会#
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