2019.08.05
LIFE STYLE

時代に選ばれなかった49歳の現役Bリーガー・折茂武彦が北の大地に残したいもの

こう語るのは、日本バスケットボール界の現役最年長選手・折茂武彦だ。

「この会社を設立してチームを運営するにあたって、僕が決めたことはたった一つ。選手である以上、選手の評価を一切しないということだけでした」。

こう語るのは、日本バスケットボール界の現役最年長選手・折茂武彦だ。折茂は現在、「レバンガ北海道」の選手でありながら、チームの代表取締役社長を務めるという超異色のキャリアを歩んでいる。

折茂はなぜ、チームの経営者という重責を担いながら、49歳になった今もコートに立ち続けているのだろうか。

 

夜明け前の日本バスケットボール界で作り上げて来たもの

折茂がバスケットボール選手として歩み出したのは、中学生の頃だった。兄の影響でバスケットボールを始めた折茂が、バスケットボール部に入部した当初の身長は160cm台だった。だが、3年間で急激に成長し、卒業する頃には185cmまでになっていたという。

高いポテンシャルを見込まれ、埼玉県の強豪高に特待生として進学すると、その才能はすぐに開花。全国大会でベスト8に入る活躍を見せ、年代別の日本代表にも選出されるようになる。大学に入るとすぐにレギュラーを獲得。4年生の時にはインカレで日本一を達成した。

そして、大学卒業後は、トヨタ自動車に入社し、同年には日本代表にも選ばれて世界選手権をはじめとする国際大会も数多く経験。名実ともに日本のバスケットボール界を引っ張る存在に成長した。

だが、当時のバスケットボール界は、あくまでも実業団リーグ。今のBリーグのような華やかな世界ではなかった。まばらな観客席の中でプレーする折茂には、日本にバスケットボールのプロリーグができるなどとは、夢にも思えなかった。当然、プロバスケットボール選手という職業は、当時の日本には存在しなかった。

一方、折茂がトヨタ自動車に入社した1993年には、Jリーグが開幕。折茂は、華やかな世界でプレーするJリーグの選手たちを横目に見ながら、「同じアスリートなのに、競技が違うだけでこうも差がつくのか」と愕然とした。

「引け目は当然、感じましたよ。だって、僕らは、職業欄にプロバスケットボール選手とは書けずに、会社員って書かなければならなかったんですから」。

バスケットボールで入社したにも関わらず、プロと名乗れないことにもどかしさを感じていた折茂は、他競技のアスリートたちに引けを取らないよう、バスケットボール選手として食べていくことを決意し、会社に雇用形態の見直しを依頼。契約選手という形態をとってもらい、正社員という安定を捨ててまで、バスケットボールに専念できる環境を作った。

「当時は、なんとかしてバスケットボールをメジャーにしたいという思いがありました。でも、いち選手の力ではどうしようもできなかったので、まずは自分自身が退路を絶って、バスケに専念することからスタートさせました。そこからですかね、徐々にバスケットボールだけで契約する選手が出てきたり、プロリーグの話が出始めたのは」。

その後も折茂は、自分自身の価値を上げることがバスケットボール選手たちの価値を上げることにつながると信じ、後に続く後輩たちのために道を作ることを自分の使命とした。

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満を持してプロ選手へ

2006年、36歳になり、出場時間が徐々に減ってきた折茂の脳裏には、『引退』の2文字がよぎり始めていた。

そんな時に、当時の日本代表でヘッドコーチを務めていたジェリコ氏は、直後に控えた世界選手権に向けて、「キミの力が絶対に必要だ」と折茂に熱烈なラブコールを送る。その熱意に負けた折茂は、再び日本代表でプレーすることを決意。自身2度目の世界選手権に出場し、強豪国と戦い「まだまだできる」という手応えを得た。

「日本一も経験し、世界選手権にも出場し、あと自分が経験していないことといえば、プロ選手になることでした。挑戦とかそういうことではなくて、一度プロ選手というものがどういうものかを知りたかった」。

こうして、世界選手権で再び揺るぎない自信を得た折茂は、14年間在籍したトヨタ自動車から、当時唯一のプロチームであったレラカムイ北海道に移籍した。プロバスケットボール選手・折茂武彦が誕生した瞬間だった。

こうして、世界選手権で再び揺るぎない自信を得た折茂は、14年間在籍したトヨタ自動車から、当時唯一のプロチームであったレラカムイ北海道に移籍した。
提供=レバンガ北海道

プロとは何かを教わった場所

実は、それまでの折茂は、バスケットボール選手としては、かなりの問題児だったという。見た目のイカツさはもちろんのこと、判定に納得がいかなければ審判へ暴言をはき、野次を飛ばしてくる客席にはボールを投げ込み、試合後には挨拶もせずに帰ることも。「いま思えば、あり得ないことを随分してきました」と当時を振り返る。

だが、レラカムイ北海道に移籍した折茂は、プロバスケットボール選手として、それまで経験したことのない世界を知ることになった。

「たかだかバスケットボール選手の僕に、“北海道に来てくれてありがとう”って声をかけてくれるんですよ。しかもファンだけじゃなくて、街中ですれ違ったりするおじさんやおばさん、子どもたちまで。

それまでは、実業団チームでプレーしてきたため、地域密着という考え方もなく、地域の人に支えられていると感じたこともありませんでした。そんな中で迎えた開幕戦。それまでまばらな観客の中での試合に慣れていた僕にとって、満員に埋まったアリーナの光景は、一生忘れられないものでした。その時に、北海道の人たちのために頑張ろうって思うようになりました」。

メディアもレラカムイ北海道の試合を好意的に報じた。多くの人から注目され、熱心に応援してもらえることに、日々大きな喜びを感じながら、いつしか、プロバスケットボール選手とは何かを肌で感じるようになっていた。

こうして、プロバスケットボール選手として、そして人間として、大きく成長した折茂のキャリアは、再び上昇気流に乗り始めたかのように見えた。だが、2010年から2011年にかけて、折茂の人生が、再び大きく動き出す。

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人生のドン底を味わってでも、北海道に残したかったもの

2010年になると、折茂が所属するレラカムイ北海道は、経営が悪化し、チーム存続の危機に陥ってしまう。見かねた日本バスケットボールリーグ(JBL)は、運営会社をリーグから除名するという決断を下した。

その後、JBLの管轄の元で、次の運営会社を模索したが、2011年3月11日に起こった東日本大震災の影響により、企業との交渉は難航。いよいよ、誰もがチーム消滅かと思ったその時に立ち上がったのが、当時チームでキャプテンを務めていた折茂だった。

「僕は最後のチームと決めて北海道に移籍してきましたし、北海道はバスケの競技人口も多く、何よりバスケットボールを愛してくれるファンがたくさんいる。そんな北海道からチームをなくすわけにはいきませんでした」。

こうして、折茂は運営会社を新たに設立し、チーム名を「レバンガ北海道」として、チームの再出発を図った。折茂自身もチームの代表にして選手という2足のわらじを履く、異色のアスリートとして新たな人生を歩み出したのだった。

それまで順調にキャリアを重ねてきた折茂にとって、この時が、人生のドン底だったという。

経営者としては素人であったため、当初は経営もうまくいかず、借金は2億4千万円まで膨れあがった。選手たちに給与を払うために、貯金をつぎ込み、車も手放した。人生で初めて眠れない日々を過ごした。そんな苦しい日々を乗り越えたからこそ、レバンガ北海道の、そして折茂の今がある。

 

時代に選ばれなかった男が、向き合うのは「今」

昨シーズンの折茂は、レギュラーシーズン全60試合中59試合に出場し、チームの日本人選手のトップとなる380得点を記録。そして2019年1月には、国内トップリーグ日本人選手として初の通算1万得点を達成するなど、49歳とは思えぬ活躍ぶりを見せている。

その先に大きな目標を見据えているのかと、その野心を聞いてみると、折茂は気負うことなく、こうコメントした。

「49歳ですからね。基本的に辞めどきを失っているんですよ。だから、自分にあとどれだけバスケットボール人生が残っているのか、僕にもわからないんです。アスリートに怪我はつきものですが、もし大きな怪我をしてしまったら、半年、1年とリハビリをして復帰する気力は多分残っていないでしょう。だからそこは、運に任せてやっていこうかなと思っています」。

2020年に東京でオリンピックが開催されることは、日本のバスケットボール界にとって、本当に喜ばしいことです
提供=レバンガ北海道 

これまで2度、世界選手権を経験し、世界との差を痛感してきた折茂は、これから控えるビックイベントをどのように感じているのだろうか。

「2020年に東京でオリンピックが開催されることは、日本のバスケットボール界にとって、本当に喜ばしいことです。一方で、僕自身はオリンピックには一度も出ていません。オリンピックというのは、アスリートにとっては一番大きな大会ですから、その場にいたかったなという思いはあります。日本代表が2020年の東京オリンピックへの出場を決めた時、僕が最初に思ったのは『あぁ、時代に選ばれなかったんだな』ということでした」。

さらにこう続ける。

「日本代表に入るのは難しいとは思いつつも、やはり現役選手である以上、選ばれるかどうかは別として、日本代表のメンバー入りを目指すということは頭の片隅には常に入れています」。

折茂は、いまの自分が12名の枠に入るのは現実的に厳しいとしながらも、決して諦めているわけではないと言い、現役プロ選手としてのプライドをのぞかせた。
 
少しだけこの世に生まれてくるのが早かった日本バスケットボール界の現役レジェンド、折茂武彦。時代に選ばれなかった男は、運命を受け入れながら、今もコートに立ち続ける。北の大地に住む人たちを笑顔にするために。

 

瀬川泰祐=取材・文・写真

# バスケットボール# レバンガ北海道# 折茂武彦
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