37.5歳の人生スナップ Vol.67
2019.06.25
LIFE STYLE

13年間全く昇進しなかったダメリーマンが、売れっ子作家として覚醒するまで【後編】

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『夢をかなえるゾウ』作者・水野敬也との出会い

作家デビューを果たす37歳まで、大手通信会社の一社員としてくすぶっていた大橋弘祐さん(41歳)。その人生を変えたのは、現在も共に奮闘する1人の先輩作家との出会いだった。

モヤモヤした気持ちを抱えつつ、合コン必勝ブログを書き続けた大橋さん。知人から誘われ、小説『夢をかなえるゾウ』の作者・水野敬也氏のもとで「ベストセラー作家を目指す」という、現代版トキワ荘のような私塾に入るキッカケを得る。

これが人生のターニングポイントとなった。

大橋さん

「僕、本を全然読まなかったので、そんな人間が小説を書こうとするなんて、いま考えても無謀ですよね。もちろんすぐにうまくいくこともなく、その私塾に5人ほど集まったメンバーの誰も本を出版する機会を得ることなく、ただパソコンのキーボードを叩きまくる“謎の集団”である時期がしばらく続きました(笑)」。

平日は会社員をしていたため、仕事終わりと日曜日に参加し、執筆活動に勤しんだ。カレーを作ってメンバーみんなで食事を共にしたり、完成した原稿を読み合うなど、アットホームな場ではあったが、創作活動は苦しく、納得のいくものはなかなか書けなかったという。

「水野さんから、『大橋は恋愛が得意だから、恋愛モノを書いたらどうか』と勧められて恋愛小説を書き始めました。合コンに行っていただけで、恋愛はまったく得意ではないんですけど(笑)。しかもなにを思ったのか、主人公を女性にしてしまったので、男の僕にとって、女性の心理はわからないことも多くて、本当に苦労しました」。

苦心して作り上げた最初の小説。完成するまでには、5年の歳月を要した。

しかし、その期間を経たことで、大橋さんのなかに徐々に会社を辞めるという決意が芽生えていく。決定打となったのは、会社の研修を受けに行ったときの体験だった。

大橋さん

「会社の研修でグループディスカッションを行なったんです。就活のそれと一緒で、面接官がいるなか討論をして、なんとなくそれっぽいことを言って、活躍している雰囲気を出さなければいけません。上司にも『頑張れよ!』って送り出されて、うまくいけば昇進できるという場でした。

実際、僕は『〇〇さんの意見に賛成ですが、こういう改善をするとより良くなります!』のような、いかにもグループディスカッションで評価されるための言葉を口にして、その場をなんとかやり過ごしました。でも、自分の心の中にない言葉を発したせいか、帰りのバスの中で、どっと疲れて心が泣いている感じがしたんです。そのとき『ああ、俺はもうこの仕事は続けられないんだな』って思いました」。

ちょうどその頃、5年を費やして書き続けた原稿は、完成の兆しが見えていた。小説を書くことは辛くもあったが楽しかった。なによりそこには、自分の意思と反する言葉はひとつもなかった。

完成した小説は、水野氏らが新たに立ち上げた出版社・文響社から刊行されることが決まる。それが、『サバイバル・ウエディング』だ。

「作家だけで食べていくのは難しいだろうと思ったので、編集者の仕事もしながら、執筆活動をしていくことに決めました」。

大橋さんはすぐに編集者としても才能を発揮。それが累計39万部を突破した『難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください』だ。

『難しいことはわかりませんが』シリーズ
『難しいことはわかりませんが』シリーズ3作。いずれもそのわかりやすさが評判を呼び、ベストセラーに。

「5年かけた小説よりも、短期で作り上げたビジネス本のほうが売れるっていう……(笑)。でも本を作る過程で共通しているのは楽しいっていうこと。なんだ仕事って楽しいじゃん! と社会人になってやっと思えました」。

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負の感情が成功の鍵となった

大手通信会社の広報やマーケティング部で働いていた大橋さんが、なぜ出版業界ですぐに爆発的なヒットを生み出せたのか。大橋さん自身は、異業種のサラリーマン経験があったからこそだと分析する。

「僕は本自体そんなに読まないほうだったので、『本とはこうあるべき!』という、こだわりがないんです。作家さんは自分の世界を表現したいという方がやはり多いと思いますし、それは本当に素晴らしいことです。でも僕は『売れる本を作りたい』という意識も強い。それは自分で書いた小説でも、編集者として携わる書籍でも。そのこだわりの無さが逆に結果に繋がったのかな、と思います」。

自分で作りだした本はヒットさせたい。それは通信会社時代のマーケティング経験や、ブログでアクセスが集まるよう書いていた頃の意識の延長線上にあるものだった。本が売れない時代、大橋さんのいい意味で商業的な思考と手腕はヒットを生み出した。

自分の作りたいものと求められているものが違う。そんなクリエイターにありがちな悩みや矛盾を抱えながら葛藤し、作品に昇華させたのだ。

しかし、なぜ5年にもわたる執筆活動を続けられたのか。大橋さんは「負の感情」がスイッチになったと笑顔で語る。

大橋さん

「会社って上司を選べなかったり、なんの意味があるのかわからないようなことをやらされたり、理不尽なことも多いから、『俺ってなんのために生きてるんだろう』って悩むじゃないですか。僕なんか13年間昇進しなかったダメリーマンでしたから、なおさらです(笑)。でも、そういう負の感情が生まれれば生まれるほど、奮起できたんです」。

上司に長々と叱られた日、悔しさを抱えながらパソコンに向かうと筆が乗った。「悔しい、今に見ていろ」そんな気持ちが原動力になると気づいてからは、仕事で何かあるたびに気持ちを執筆にぶつけた。

「当時の上司からしたら迷惑な話でしょうけど、原稿が思うように書けなかった時期は、もっと上司に怒られたいと願っていたほどです。怒られたほうが書けますから(笑)。そう考えると今の僕のまわりは優しい人ばかりなので、もう少し理不尽なことを言われたいと思ったりします……(笑)」。

幸先の良い作家・編集者人生がはじまった。最近は自身の婚活をネタにしたブログを更新している。もちろんそれもまた執筆の一環でもある。

「常にネタを探して、ヒットするものを作りたい。僕のやり方に賛同できない人もいるかもしれないけれど、出版不況の時代に甘いことは言っていられないと思うんです」。

ダメリーマン時代に味わった悔しさ、そして自分自身に感じた失望を見返すかのように、大橋さんは新たな人生をイキイキとサバイバルしていた。

 

藤野ゆり(清談社)=取材・文

# 37.5歳の人生スナップ# サバイバル・ウエディング# 作家# 小説
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