37.5歳の人生スナップ Vol.66
2019.06.24
LIFE STYLE

13年間全く昇進しなかったダメリーマンが、売れっ子作家として覚醒するまで【前編】

大橋さん

「大手通信会社に勤めていた13年間、僕は一度も昇進しませんでした」。

そう語るのは作家の大橋弘祐さん(41歳)。身長180cmを超えるスマートな体型に、整った顔つき、モデルやタレントと見間違えるほどの爽やかな容姿だ。

書影

2015年に発行された自身の処女小説『サバイバル・ウエディング』(文響社)は、昨年、女優の波瑠主演で連続ドラマ化。また経済評論家・山崎 元氏との共著『難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!』(同社)など、『難しいことはわかりませんが』シリーズが39万部を超えるベストセラーとなった。

大橋さんは作家として執筆活動を行いながら、編集者として働くという二足の草鞋を履いている。

大橋さん

「昼は編集の仕事をして、帰宅してからは一旦眠るようにしています。パソコンにただ向かっていても何もアイディアが出ないことが多いので、短時間の睡眠をとって頭を切り替えるんです。22時ごろに起きて、夜中2時ぐらいまで集中して原稿を書き、もう一度就寝します。毎日なにかしら執筆していますね。今は小説と歴史マンガの原作にエネルギーを注いでいます」。

すっかり売れっ子作家・敏腕編集者として活躍する大橋さんだが、作家デビューしたのは4年前。37歳の頃だ。以前は大手の通信会社で広報やマーケティング部に勤務していたが、芽を出せずに “ダメリーマン”として長年くすぶっていたのだという。

30代後半になり、ようやく異業種で花開いた大橋さんの半生を聞いた。

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サラリーマン人生を変えた、上司のある言葉

目立ちたがりの学生だった。高校の文化祭では友人と組んで、コントを披露するなど前に出ることが好きだったという。誰かを笑わせたいというサービス精神、その片鱗は取材時の茶目っ気のある受け答えからも感じ取れた。

大橋さん

「高校生の頃は目立とうとして前に出て盛大にスベるタイプでしたね。大学でも空回りしてました(笑)」。

新卒で、大手の通信会社に入社。当時は就職氷河期の真っ只中だった。大橋さんも御多分に洩れず就活には苦戦したが、その末に勝ち取ったのは当時の就職ランキングで上位の大企業だった。

「これでもう人生ゴールだな、と。このままこの会社にいれば問題ないんだと最初は安心しきっていました。でも僕、入社してからずっとダメダメなサラリーマンだったんです」。

最初は営業、その後に広報部に異動しウェブサイトの運営などを行なっていた大橋さん。しかし13年間、一度も昇進することはなかったという。

「仕事がびっくりするぐらい上手くいかなくて、あまり面白さを感じませんでした。会議室でパワポの資料を見せられたり上司の話を聞いていたりすると、すぐ眠くなってしまうんですよ。そのわりに『俺がCM作れば面白いもの作れる』とか周りに言っちゃうような痛い会社員でした(笑)」。

そんな20代後半の大橋さんにある先輩社員がこんな言葉をかけた。
『大橋くん、会社というのは自分の好きなことをする場所じゃないんだよ』と。

「『会社は自分の夢を叶える場所』と思っていた僕に、言いづらいことを言ってくれたその先輩には本当に感謝しています」。

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執筆業の原点は、合コン

会社で好きなことができないのであれば、どうすればいいのか。大橋さんは当時、徐々に流行り始めていたブログサービスに目をつけた。

「理系だったのでコーディングとかが好きで、こういうウェブ系の仕事で生きていけないかなということを、なんとなく思い始めました。それでまずはブログを書いてみることにしたんです。だけど、まあ書くことがない。それで、僕が持っているもので人に伝えてアクセスが集まるもの、反響があるものって何だろう? と考えたとき、浮かんだのは『合コン』でした。当時よく行っていたので……(笑)」。

大橋さんは、自らの数々の体験をもとに、女性をタイプごとに分類して、どうやって仲良くなるかをブログに書いてまとめてみたところ、思いのほか、反響があった。それは、出版社勤務のOLが上司の指示のもとファッションブランドのマーケティング戦略を自身の婚活に活かしていくという小説『サバイバル・ウエディング』のプロトタイプとなるものだった。

「当時は、世の中にブログコンテンツがそれほど充実していませんでした。恋愛系コンテンツは特に少なくて、アクセスも集まり、うれしくてのめり込みました」。

昼は会社で働き、帰宅してブログを書き続けた。とはいえ、少々ブログが波に乗ったからといって、当然、会社をやめる決断には至らなかったという。

「いい大学入って、いい企業に勤めることこそが幸せだ……という価値観の中で育ったので、ブログがうまくいったくらいで、会社を辞めて別のことに挑戦しようという気持ちにはなれませんでした。僕の肌に合わなかっただけで、勤めていた会社は福利厚生や待遇も充実していて当時から文句のない超ホワイト企業だったので、なおさら決断できませんでしたね」。

どこかで辞めるキッカケを探しつつも、見つからないまま数年が過ぎた。しかし30代に突入し、現在も師と仰ぐ人物と出会ったことで人生が変わったという。

大橋さんが作家デビューするターニングポイントはどこにあったのか。【後編】で迫っていこう。

 

藤野ゆり(清談社)=取材・文

# 37.5歳の人生スナップ# サバイバル・ウエディング# 作家# 小説
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