>連載「37.5歳の人生スナップ」を読む 「正直なところ、代表に選ばれても選ばれなくても、どっちでもいいなって思っていました」。
こう語るのは、昨シーズン限りで引退した元サッカー日本代表・巻誠一郎(38歳)だ。
2006年ワールドカップ・ドイツ大会に参加する23人のメンバー発表で、ジーコ元日本代表監督の口から最後に発表されたのは、巻の名前だった。日本中を沸かせたこの“サプライズ選出”を覚えている人も多いことだろう。そのときのアツい気持ちを聞いてみたいと思って質問すると、拍子抜けするほど意外な答えが返ってきたのだった。
巻といえば、184cmの身長を生かしたヘディングや相手に当たり負けしないフィジカルの強いプレーを思い浮かべる人が多いかもしれない。だが、最大の魅力はチームのために前線で走り続け、泥臭くハードワークできる献身性にあった。その「ひたむき」な姿勢にチームメイトは鼓舞され、多くのファンやサポーターは心を奪われた。
チームのため、ファン・サポーターのために走り続けてきた男が、なぜ、冒頭のような言葉を選んだのだろうか。その裏には、巻がプロサッカー選手として大切にしてきた、ある想いがあった。
巻が憧れ、目標としたあの名選手
巻は高校生の頃、あるサッカー選手のプレーに憧れを抱くようになった。その選手とは、当時サッカー日本代表で大活躍していた中山雅史選手(現アスルクラロ沼津所属)だ。
中山雅史といえば“ゴン中山”の愛称で知られ、2度のワールドカップ本大会出場、そしてサッカー日本代表の歴史上で初めてワールドカップ本大会で得点を決めるなど、名実ともに日本サッカー界を牽引してきた名選手だ。
高校時代の恩師に“お前はこういう選手をもっと観たほうがいい”と勧められた巻は、それまで以上に中山雅史選手のプレーを意識して観るようになる。ワールドカップで得点を挙げた試合では、足を骨折しながらもフル出場して走り続け、ファンを魅了した。巻はいつしか、その「ひたむき」な姿に、自分の理想とするプロサッカー選手像を重ね合わせるようになっていた。
冒頭のコメントにある意外な回答の理由は、ここにある。巻は、それほど日本代表やワールドカップに執着していなかった。なぜなら、巻の目標は別にあったからだ。
「僕のプロサッカー選手としての目標は、スタジアムまで試合を観に来てくれた人に、明日も頑張ろうっていう活力を持って帰ってもらうことでした」。
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